つぼみのままでいて - 4/5

シリウス×ナルシッサ

 箒を片手に部屋を飛びだしたシリウスは、階段を駆け下りようとしたところで足をとめた。何処かからすすり泣きが聞こえてきた気がしたのだ。うーん、と首をかしげながらも彼は階下へいくのをやめ、自分の部屋とは反対側の廊下の最奥まで走った。目を瞑り、ドアに耳をつけたが何も聞こえない。
「ナルシッサ?」
 ノックもせずにドアを開けようとすると、鍵がかかっていた。
「おい、ナルシッサ!」
 どんどんドアを叩きながら呼んでも、返答はない。チッと舌打ちすると、シリウスは杖を引っ張りだして、開錠の魔法を唱えた。
 カチリと音を立てて開いたドアとの隙間から、シリウスは中を覗き込んだ。カーテンを閉め切った室内は薄暗く、香の匂いがこもっている。東洋の香は不思議な匂いがする。ナルシッサは心が落ち着くのだといつも焚き詰めていたが、シリウスはこの匂いが好きではなかった。微かに漂う煙が、なんだか物悲しい。心が落ち着くというよりも、心が沈むように感じられたのだ。
 ドアに背を向けるように置かれたソファに見慣れた後ろ姿を見つけ、シリウスはハァッと溜め息をついた。ソファの背をまたいで、隣りにどっかと腰を下ろす。
「なんだよ、いるんじゃねーかよ……ちゃんと返事しろよな」
 ナルシッサの目元は赤かった。やはり泣いていたのだ、とシリウスは頭をかいた。遠くにいてもナルシッサが泣いているのを感じるのは、ブラックの濃い血がもたらした能力なのだろうか。
「どうしたんだよ。またあのババアに何かされたのか?」
 あのババアとは叔母のドゥルーラのことだ。実の娘だというのにナルシッサのことを毛嫌いしていて、肉体的にも精神的にも虐待しているのだと、いつかアンドロメダから聞いたことがある。自分自身の目でその現場を見たことはないが、ナルシッサを見る叔母の目が冷ややかなのは子供の頃から気づいていた。
 けれど、ナルシッサは首を振った。二の腕まであるブロンドがサラサラと音を立てる。
「ううん……これ」
「なんだよ、この花がどうかしたのか?」
 小さな小鉢の中には萎れた花があった。大切そうに胸の前で抱えたナルシッサは、クスンと鼻を鳴らした。
「枯れちゃったの。すごくきれいに咲いてたのに……もう、死んでしまったんだわ。早く咲いてほしいなんて思わなきゃよかったわ……咲かなきゃよかった。いつまでもつぼみのままでいてくれればよかった。そしたらずっと生きていられたのに」
「花が咲いたら枯れるのは当たり前だろ。何言ってるんだよ、お前」
「……あなたには私の気持ちなんか、分からないわ」
「なんだよ、それ。分かるわけないだろ」
「シリウス」
 小鉢をテーブルに置いて抱きついてきたナルシッサに、シリウスは当惑した。スキンシップを極度に恐れているような彼女は、自分から抱きついてきたりはしない。
「……なんか、お前、今日変だぞ? どうしたんだよ? 何があったんだ? なあ、言えって!」
「シリウス、好きよ。あなたが本当に大好き……忘れないでね、この先どうなっても。私のこと、嫌わないでね」
 アンドロメダがマグル生まれのテッド・トンクスと駆け落ちしたこと。そして、ナルシッサがルシウス・マルフォイと婚約させられたことを、シリウスはその数日後に知った。つぼみのままでいれば、と言ったナルシッサの心情をおぼろげながら理解したのはもっとずっと後になってからだったが。