背伸び - 1/4

リドル×ジニー

 ジニーは買ったばかりの口紅を片手に、鏡と睨めっこしていた。硬いスティック部分に紅筆を撫で、そっと唇に落として、離す。
 ここのところ周りに化粧をする子が増えてきた。眉をきれいに整えたり、アイメイクをして大人っぽく、きれいになっていく友人達を横目にジニーは焦っていた。ただでさえジニーは遅生まれで他の子達よりも背が低く、年より一つ、二つ幼く見られることが多い。おまけに典型的な寸胴……もといお子様体型ときている。
 このままじゃ、皆に置いていかれると思いつつも、母親に化粧品を買ってほしいとは言いだせなかった。どうしても必要なものというわけでもないし、いつも家計のことで頭を抱えているのはよく知っていたからだ。そこで、ジニーは少しずつお小遣いを溜めて、三ヶ月がかりでようやく口紅を購入した。化粧品をそろえるにはお金が足りなかったし、使い方もいまいちよく分からない。その点、口紅ならリップクリームと形状が似ているし、化粧をしているのだという実感も湧く。最初に買うなら、これだと思っていたのだ。
 けれど、実際に使おうとすると難しい。無色透明なリップなら唇の形を気にせずに塗れたが、色がついているとなると輪郭をちゃんとなぞらねばならない。ジニーの唇は淡い色合いが災いしてか、その輪郭があまりはっきりとしておらず、何処までが唇なのかがはっきりと分からない。おまけに真新しいスティックは紅筆にあまりつかないから、一生懸命撫でつけても色が変わらなくて、イライラする。
 紅筆を投げだすと、思い切って直接スティックを唇に擦りつけたその時、背後でクスリと笑い声が聞こえた。鏡に映る恋人に、ジニーはしかめっ面をした。
「何がおかしいの、トム」
「呼んでも答えてくれないし、何をそんなに真剣にやっているのかなって思って……化粧、ね」
「どうせ、あたしには似合わないっていうんでしょ」
 拗ねるように言いながら、ジニーは前に香水をつけた時、君みたいな子供には早いと言われて喧嘩したことを思いだした。今回はそうならないように気をつけなきゃ、と自分に言い聞かせた。
 リドルはしかし、さらにジニーを苛立たせるようなことを言った。
「うん、似合わない」
「どうせ、あたしは子供だもん! でもね、子供だからって興味はあるの。興味も持っちゃ駄目なの!?」
「貸してごらん、ジニー」
 ジニーの手から口紅を取り上げるリドルの顔は、にこやかだった。
「君には似合わないよ、この色はね……顔のパーツで、口紅だけが浮いて見えるんだ。君にはもっと淡くて、そうだな……少しオレンジが入った赤がいい」
「そう? ホント……? あたしにも似合う口紅なんて、あるかなあ?」
「じゃあ、今度一緒に買いにいこう? 僕が選んであげるから」
「……うん、お願いする。ありがと」
 早合点を恥じて顔を赤らめると、
「まあ、でもこの口紅も折角買ったんだし、使わないと勿体ないね」
 顔を近づけてきたリドルに、キスをされるんだと思ってジニーは目を瞑った。が、何かがおかしい。唇を合わせるのではなく、なぞられる感触に片目を開けてみる。視線が絡まると、リドルは顔を離した。
「このくらいなら、いいよ。鏡を見て」
「……薄すぎよ。あんまり分かんない」
「つけてるか、つけていないのか分からないくらいが、ちょうどいいんだよ」
 そう言われると、そうかもしれないと思えてくる。それにリドルに濡らされた唇の艶のせいか、いつもの自分と違って見える。ジニーはますます赤く火照った顔を覗き込まれないように、そっと鏡に近づいた。