つぼみのままでいて - 1/5

ヴォルデモート×ベラトリックス

 床の上に大の字に倒れたまま、少女は引き攣るように全身を震わせている。十になるかならないかの、幼い少女だ。よほど恐ろしい目に遭ったのか、目を大きく見開き、胸を大きく上下させている。顔にも首筋にも、じっとりとした汗の粒が張りついている。
「大丈夫かい、ベラ?」
 声をかけたのは、少女の正面にいる男だ。椅子の背もたれにゆったりと寄りかかったまま、そう言う男の表情の何処にも少女を気遣うものはない。ほんの二、三歩いくだけで少女を抱き起こしてやれるだろうに、男は立ち上がる素振りすら見せない。面白い見世物でも見ているかのように、紅茶色の目を細めて見守るだけ。
 少女――ベラは意識を奮い立たせるように頭を振り、床に手をついた。しかし、まだうまく力が入らないのだろう。起こしかけた身体は床に叩きつけられ、呻き声を洩らした。
「磔の呪いの威力がよく分かったろう? これさえ会得すれば、拷問にチャチな道具や力はいらない……生爪を剥がし、針で全身を串刺しにし、焼きゴテを当てるよりも苦しめてやれる」
「……はい、ヴォルデモート様」
 か細い声で答え、ベラはよろめきながらも立ち上がった。ヴォルデモートが感心したように手を叩く。
「私の磔の呪いを受け、こんなにも早く立ち上がれるとはね。さすがはブラックの血筋。まだ幼いながらも有能だ」
「ありがとう…、存じます……」
「おいで、ベラ。今日の稽古はここまでだ」
 手招くヴォルデモートに、ベラの顔に浮かんでいた緊張がサッと解けた。汗を拭って、ドレスのシワを伸ばして身なりを整えると、ヴォルデモートの前に進みでた。少し身体をかがめて、おじぎをするベラの口元には微笑が浮かんでいる。そんな彼女を見て、ヴォルデモートも笑みを浮かべる。骸骨を思わせる青白くこけた顔が、そうすると少しだけ生気を帯びるようだ。
「君は優秀な弟子だ。いずれ私が魔法界を治める時には、君が片腕となってくれるだろうね。頼もしいよ」
「はいっ。私、きっとヴォルデモート様のお役に立ってみせます」
「いい子だ、ベラ……おや? 頬を切ったのか? 血がにじんでいる」
「えっ、ああ、倒れた時に切ったみたい……でも、大丈夫。痛くありませんから」
 ベラの頬に当てた手をよけると、ヴォルデモートは顔を近づけた。蛇のように長い舌の先端が触れた瞬間、ベラはビクンと身体を震わせた。彼女の肩を押さえつけたまま、ヴォルデモートはさらに舌を這わせる。血の味を愉しんでいるかのように、執拗に。
「女の子が顔に傷をつけてはいけないね、ベラ……たった一つの瑕で珠は台なしになってしまうのだから」
 内緒話をするように、耳元でささやく。ベラは少女らしい恥じらいからか、顔を赤らめた。
「でも…、私はヴォルデモート様の部下です。ヴォルデモート様を守るためなら、傷の一つや二つ、いいえ、命だって惜しくはありません」
 嘘偽りのない澄んだ目に、ヴォルデモートは低く笑った。
「素直な子だ、ベラ。君は【開心術】を使う必要のない、全く得がたい部下だ。君のように忠誠心を持った者ばかりなら、物事もうまく進むだろうに」
「ヴォルデモート様になら、誰もが皆つき従います。我が一族……父はいまだ頑として頭を振りませんが、当主である伯父と伯母の賛同は得られましょう。それに、シリウス……あの子はまだほんの子供ですが、潜在的な魔力は一族の誰よりも強い。あなたさまの役に立つよう、必ずや私が仲間に引き入れてみせます。
 あと数年……あなたさまが戦いをしかける頃には、すでに勝敗が歴然としていることでしょう。魔法使いだけの世界。穢れのない、美しい世界。いつ我らが魔力を失うかに怯えずとも生きていける、新しい世界がすぐそこにある」
 未来が見えているかのように、ベラの話しぶりは確信に満ちている。ヴォルデモートはにんまりと笑みを浮かべたまま、ベラの頭を撫でた。
「来年からホグワーツだったね」
「はい! きっとヴォルデモート様と同じスリザリン寮にいって、少しでも多く有能な仲間を探してきます……休暇くらいしかヴォルデモート様にお会いできないのが、少し残念ですが」
 ヴォルデモートの手がとまり、ベラは訝しげに彼を見た。ヴォルデモートはゆっくりとまばたきし、
「君がそう言ってくれるのは一体いつまでだろうね、私のベラ。恐れのない愛情を向けてくれるのは、いつまでだろう」
「ずっとです、ヴォルデモート様。私の気持ちはずっと変わりなく、あなたさまのもとに」
「成長し、より力と美しさを増すだろうベラ……それは私にとっても願ってもないことだ。が、それが寂しくも思えるよ。おかしなことだがね」
 そう言い、ヴォルデモートはとめていた手を再び動かし始めた。彼の言葉に小首をかしげたベラだったが、頭を撫でられることで安心したのか、目を瞑った。うっすらと濡れた頬の傷口には、まだじくじくと血が浮いている。