ドラコ×ハーマイオニー
空気が染み入るように冷たいある日のクィディッチの練習帰り、中庭の片隅に佇んでいる少女を見て、ドラコは足をとめた。ハーマイオニー・グレンジャーだ。ベンチに腰かけ、何かを一心に見つめている。チームメイト達が振り返ると、彼はさりげなくかがみ、ローブに隠れた靴に手をやった。
「どうかしたのか?」
「靴ヒモがとけた。先にいっててくれ」
チームメイト達が廊下の角を曲がっていってしまうと、ドラコはそそくさと立ち上がった。塀を乗り越えて中庭に降り立つと、足音を潜めてハーマイオニーに近づいていく。普段は少し近づいただけでも、軽蔑したような視線を向けて早々に立ち去ってしまう彼女だったが、今日は全く気づいていないらしい。頬杖をついたまま、自分の膝を見つめている。
「やあ、ボサボサ頭。何してるんだい、こんなところで? テストでミスでもしたのか?」
パッと顔を上げたハーマイオニーの表情がみるみるうちに険しくなっていく。
「あなたこそ、こんなところで何を?」
「クィディッチの練習帰りさ。お気楽なグリフィンドールの連中と違って、スリザリンはもう来年に向けて練習を始めてるんだ」
「あっ、そう。じゃあ、相当お疲れのようですし、さっさと自分の寮にお帰りになったらいかが? 用もないのに、私に近づかないで」
キッと睨みつけ、ハーマイオニーは立ち上がった。咄嗟に自分の膝にある物を忘れたのだろう。ポロッとこぼれ落ちたそれを拾い上げたドラコは息を呑んだ。手のひらサイズの丸い手鏡だった。忘れもしない。二年前、彼女にあげた手鏡――「マグル生まれの者を排する」という父親の企みを知った時、どうにか彼女に危険を教えてやりたくて渡した物だ。ドラコはぎこちない笑みをを浮かべながらコンパクトを弄ぶ。
「なるほど。何を熱心に見ているかと思えば、容姿に向上の余地があるかを考えていたわけか。だが、グレンジャー。それも血と同様に持って生まれ持ったものだ。化粧を厚塗りしたって変えることはできないと思うけどな……ああ、そうか。ダンスパーティーの相手を捕まえるのに、今さらながら必死になりだしたってわけかい?」
ハーマイオニーは口を開けたが、思い直したのか、足早にドラコの横をすり抜けていった。ドラコは思わず、その背に叫んでいた。
「おい、グレンジャー! まさか、あの傷物君やウィーゼルの奴といくんじゃあないだろうな? いい見物になるぞ、あんな奴らと一緒にいったら!」
「あの二人とはいかないわ」
足をとめたハーマイオニーは震える声で、だが、きっぱりと言い切った。怒りに満ちた声だ。ここ最近、彼女はダンスのパートナー探しに躍起になっている親友達が、自分を【女】扱いしていないことに苛立っていたのだ。当然ながらドラコはそんなことを知るよしもない。ただ自分のからかいが、ハーマイオニーの心を惹きつけたと思ったのだ。
「あの二人とはって、まるで別の誰かといくような言い方だな?」
「そうよ! いくのよ」
「おいおい、すぐにバレる嘘をつくなよ。お前みたいな女を誰が誘うんだ? 箒で集めたみたいな髪に、出っ歯に、それに」
「あなたみたいに見た目がよくても中身が最っ低の人なんかとは比べ物にならないくらい素敵な人といくの! クリスマスを楽しみにしてなさいよ、マルフォイ!!」
「あっ、おい……!」
ハーマイオニーはそれっきり振り返らず、威厳を保つように大股で歩み去っていく。いつも以上に揺れ動く髪の毛が、彼女の心境を如実に表しているようだった。
ドラコは手元に残された手鏡を見て、ハァッと溜め息をこぼした。
「……なんで、あんなことしか言えないんだ、僕は」
一年生の頃は友達だったのに。ハリー・ポッターやロン・ウィーズリーとつきあうようになった後でさえ、彼女自身を嫌いになりはしなかった。ただ敵対している奴らの仲間だから、嫌っているのを演じているだけだ。だから、何も彼女が一人きりでいる時にまで憎まれ口を叩く必要はないのに、無視されるのがつらくて、ついつい言ってしまう。ますます嫌われるようなことばかり。
ドラコは自分自身を叱りつけるように額を小突き、中庭を後にした。ローブのポケットに手鏡を大事にしまい込んで。