リドル×ジニー
今でも時々、不安になる。トムの穏やかな目が、不意に鋭くなる時。【秘密の部屋】で見た【例のあの人】を思いだして、怖くなる。彼は約束してくれたのに。もうあたしも、あたしの近しい人達も殺さないって言ってくれたのに。「信じる」なんて軽々しく言っておきながら、あたしは心の何処かで彼を疑っている。
「なんだか最近変なんだ」
クィディッチ・ワールドカップから数週間経ったある日、ぽつりとトムが洩らした。椅子にかけてうつむいたまま、あたしの顔を見ようともしない。
「変って?」
「僕の意識に【何か】が紛れ込むような……僕の意識はあるんだけど、その【何か】が身体を乗っ取って動かしているような、そんな感覚なんだ」
黒々とした前髪の影が落ちた瞳は、暗く沈んでいる。邪魔な髪をかき上げて顔を覗き込むと、不安げな瞳が見返してくる。
「ジニー。そろそろ僕達の関係も潮時かもしれないね」
「……いきなり、何? なんで、そんなこと言うの?」
心の奥底を見透かされたみたいで、ドキリとした。彼への想い。消せない恐怖感。好きだと想う一方、彼は【例のあの人】なんだということを忘れられない。だから、そんなことを言うのかと思った。あたしを罰するために。そうであってほしかった。
トムの目には笑いの影はない。一言、一言吟味するようにつぶやく。
「自分のことだから分かるんだ……おぼろげだけど、感じ取れる。【ヴォルデモート卿】が復活する……そう遠くない未来に」
【あの人】の名前に震えが走った。あたしが怖がるから、トムはその名前を口にしたことはない。けれど、今のトムは自分の悩みで頭がいっぱいになって気遣う余裕などないんだろう。あたしの手をやんわりと離すと、頭を抱え込んだ。
「今まで僕は【ヴォルデモート卿】の切り離した【過去】だから、彼がどうなろうと関係ないと思ってた。自分にはなんの影響もないと思ってたんだ。でも、違った。【ヴォルデモート卿】の感情が僕にも時折流れ込んでくる……彼の殺意が、憎しみが。
力を取り戻していっている段階で、これだ。彼が完全に復活したら僕の意識はなくなってしまうかもしれない。もし、そうなったら? ジニー、君をこの手で殺してしまうかもしれない……怖いんだ。自分が消えてなくなるよりも、君の死が怖い。思いだすと、怖くてたまらない……君をこの手で殺しかけた、あの【秘密の部屋】でのことを。あの悪夢を甦らせるくらいなら、僕は」
ああ、トム…――あなたは知らない。あたしがどれだけあなたを恐れているか。疑っているのか。【命を奪いかけた自分のことを赦してくれた少女】を愛するあなたは、本当のあたしの姿が見えていない。あたしはそんなに優しくも、寛大でもない。そして、その事実を告げられない臆病者でもある。
心を覗き込まれないように、彼の顔を見なくてすむように抱きしめた。近づきすぎると、お互いが見えない。あたしはいつもそう。そうやってごまかして、偽りの自分を壊さないようにして――【あの人】の【過去】を変えたのは、あたしの力じゃない。偶像だから。けれど、それを崇めることで彼が【偉大な魔法使い】になるのを妨げることができるなら、それでもいい。
どうか、このままでいて。あたしの友達のままでいて。縋りつくトムは今日もあたしのエゴに気づかない。