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レグルス&アンドロメダ

 一族名の由来なのか、ブラック家には黒髪のものが多い。それも混ざりもののダーク・ブラウンではなく、れっきとした黒。
 中でも従姉のアンドロメダの髪は誰よりもきれいだった。膝まで隠れるほど長いのに先端までなめらかで、痛んだ髪など一本もない。陽の下にいくと艶が一層目立って光り輝くようだった。鴉の濡れ羽色っていうのはまさにああいうものを指すのだろう。
「アンの髪ってきれいだよな」
 ある時、うちに遊びにきたアンドロメダに言ったことがある。
「そう? ありがとう、レグルス」
 ハンモックに横たわって本を読んでいた彼女が起き上がり、にこりと笑った。包み込むような、優しい笑いだった。
 十歳近く年が離れているせいか、彼女はいつも俺に優しく穏やかだった。いや、年が離れているのは関係がないか。彼女の姉のベラトリックスはいつも傲慢な振る舞いで周囲に嵐を引き起こしていたし、ナルシッサの方はといえば無愛想そのものだ。人形を抱きしめている時か、シリウスと話している時以外で表情が動いたのを見たためしがない。姉妹でこうも違うのは不思議だった。ベラトリックスやナルシッサも、もしかしたら【誰か】には彼女のように笑うのかもしれないが……。
「ねえ、何読んでたの?」
 アンドロメダがハンモックから身を乗りだした。
「マグルの童話よ。お父さまがナルシッサのお土産に買ってきたものを、私も読ませてもらうことにしたの。
 とっても素敵な話なのよ。赤ん坊の頃から悪いおばあさんに捕らわれていたラプンツェルという女の子がいるの。高い塔に閉じ込められていて、出入り口はなく、塔のてっぺんに窓が一つあるっきり」
「なんだ、箒で逃げたら一発じゃん」
「ラプンツェルは残念ながらマグルなのよ。空を飛びたくても飛べないの」
「おばあさんもマグル? だったら、どうやって塔の中に出入りしていたの?」
「おばあさんがこう言うの。『ラプンツェル、ラプンツェル。お前の髪を垂らしておくれ』って。するとラプンツェルがお下げにした髪を垂らすのよ。はしごみたいに」
 アンドロメダがほら、と長いお下げをハンモックから垂らすと、反射的につかみそうになり、カッと顔が火照った。
「ある日、おばあさんのやっていたことを真似て男の人がやってくるのよ。ラプンツェルとその人は恋に落ち、それを知ったおばあさんは怒ってラプンツェルを塔から追いだしてしまうの。
 荒野を彷徨うラプンツェルは途方に暮れるわ。捕らわれていたとはいえ、塔の生活は何不自由なかったのだから。食べる物もなく、住むところもなく……そんな時、かつて愛した人と再会するの。彼は失明していて、多分ラプンツェルの重荷にしかならなかったでしょう。それでも、ラプンツェルは嬉しさに涙をこぼすの……その涙が奇跡を起こして、彼の目は見えるようになって、二人はそれから幸せに暮らすことになるのよ」
「ふうん。恋人の目が見えるようになったからって、貧しい生活をしなきゃならないんだろ。それなのに幸せなの? 俺、よく分かんないよ」
 恋人などつくらずに塔の生活を続けていた方が幸せだったんじゃないだろうか。アンドロメダはふっと微笑を浮かべた。
「お金や物だけじゃ、人は幸せになれない。私はそう思うわ、レグルス」
 その言葉通り、アンドロメダは純血の名門、ブラック家の令嬢という肩書きを捨てて、何も持たない【穢れた血】と一緒になった。一族の汚点となった美しい従姉、艶やかな黒髪のラプンツェルは今も幸せだろうか。年月を重ねても、俺には分からない。