シリウス×セブルス？
「いやー、今日もナルシッサがなかなか離してくれなくって困った。あいつ意外と寂しがり屋でさー、別れ際になったらローブの袖を掴むんだよ。無言で。そうすると振りほどくのもなんだから、ついズルズルと居ついちゃうんだよなー」
快活に笑いながら恋人の話をするシリウスに、リーマスとピーター、ジェームズは冷たい目を向けた。何せ、この三人に恋人はいない。
リーマスは狼人間の秘密が云々よりも、あまりの経済力のなさから。ピーターはお世辞にも格好いいとはいえない冴えない顔に、背の小ささがネックになっている。ジェームズは優秀なクィディッチの才能と陽気な性格のおかげでモテることにはモテるのだが、この六年間ずっと思いを寄せているリリー・エバンズにはまるで芋虫であるかのように避けられていた。そんな恋愛事情もあって、三人にはシリウスのノロケ話が鼻につくのだ。
けれど、シリウスは一向に気にせず、楽しげに話し続ける。悪気はないにしろ、ここまで空気が読めないのは犯罪だ。
ここ一ヶ月というもの、三人はドス黒い殺意をひた隠ししたまま、何とか親友の話に相槌を打っていたのだが、シリウスが赤裸々に語った【ある体験談】で怒りは頂点に達した。健康的な青少年の欲求を発散させられない三人の心は妬みの感情の下、ピタリと重なり合ったのだ。
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「なっ…！ なんだ、お前らは!?」
ホグワーツ地下の、とある一室で悲鳴じみた声が上がった。
「やあ、スニベルス。いーい天気だねえ。今日は一つ君に頼みがあってきたんだ」
「なに。君にとってはそう難しいことじゃないはずだよ。協力してくれるよね、スネイプ？」
ジェームズとリーマスに壁際まで詰め寄られている哀れな生徒は、セブルス・スネイプだった。彼は一年生の頃から大多数の呪いを極めた呪文のスペシャリストとして知られていたが、ホグワーツ切っての悪戯仕掛人の彼らにかかっては蛇に睨まれたカエル状態である。
「ぼ、僕に何をする気だ、近づくな、それ以上!!」
「いやー。君自身に何かをするってわけじゃないよ」
「ただ君のねっとりした髪の毛を一本ほしいだけ。お安い御用だろ？」
「そうそう。何もアソコの毛を抜こうってわけじゃないから」
ちなみに最後の恐ろしいセリフをさらりと言ってのけたのはピーターだ。いじめっ子よりも傍観者の方がよほどタチが悪い。
次の瞬間、身の毛もよだつような絶叫がこだました。
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「なんだあ？ ジェイ達、何処行ったんだ？」
古代史の授業中、爆睡していて、目が覚めた時にはすでに親友達の姿がなかった。首を捻りながら、シリウスは教科書と羊皮紙の束を持って教室を出ようとした。その時、教科書から紙切れがはみだしていることに気づいた。羊皮紙ではなく、レースの縁取りがついた、いかにも女の子達が好みそうな代物だ。おもむろに開くと、こんな文字が飛び込んでくる。
『あなたのことが好きで好きでたまりません。あなたのことを考えると夜も眠れないほどに心臓が高鳴って、どうにかなってしまいそうです。突然こんなことを言ってもご迷惑にしかならないことは分かっています。けれど、どうしてもこの気持ちを直にお伝えしたいのです』
こんな手紙をもらうのも一度や二度ではなかったが、シリウスの心は一気に浮き立った。周囲にひた隠しにしているが、実はシリウスは相当の女好きだった。自分の美形っぷりを意識している彼は、女の子達が追い求める者が常にクールビューティーであることを意識すればこそ、女の子に興味がない素振りを見せていたわけである。内心ではキャーキャー騒がれるたび尻尾を振っていたわけだが。
すでにナルシッサという恋人がある身でありながら、キスの一つや二つなら許されるだろうと軽く考え、呼びだしの場所へと向かった。それが悲劇への幕開けになるとも知らずに。
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「ナルシッサ」
期待を込めて上げた目の先にいたのは待ち人ではなく、彼の弟だった。ナルシッサは肩を落として、迷惑そうにレグルスに何か用なのかと訊いた。彼女の無愛想な物言いに慣れきっているレグルスは別段気にすることもなかったが。
「シリウスを探してるんじゃないかと思ってさ」
「何処にいるのか知ってるの？」
兄の名前を口にした途端飛びつくように言う彼女に、レグルスはやれやれと溜め息を吐く。ナルシッサのシリウス依存は尋常じゃない。人形のように片時も離さないほどシリウスを好いているらしい従姉を見るにつけ、もしシリウスが何かのはずみで浮気でもしたら、繊細な彼女はどうなってしまうのだろうと危ぶまずにはいられない。
「中庭で見かけたよ。なんだかソワソワしてた。俺とすれ違っても気づかなかったし」
「中庭ですって？ 馬鹿ね、シリウスったら……待ち合わせの場所を間違えたのかしら」
「待ち合わせって何時に？」
「一時間後よ」
五分前行動ならぬ一時間前行動かよ、と内心突っ込みたくてたまらないレグルスだったが、そこはあえて口をつぐみ、従姉と一緒に図書室へ向かった。
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「……お手紙、読んでもらえました？」
シリウスはしげしげと自分を呼びだした人物を眺めていた。シャイなのか、ローブを深くかぶり、祈るように胸の前で組み合わせた青白い両手は震えていた。
「迷惑なのは分かってたんです。でも……」
「迷惑なわけじゃない。けど、俺、悪いけどもうつきあってるヤツがいるんだよ」
言った途端うなだれる様子を見て、自分のことをそこまで想っていてくれていたらしいその子のことが可愛らしく感じられた。顔もロクに見えないというのに。
両肩に手を乗せると、その子はビクンと跳ね上がった。けれど、嫌がる素振りは見せない。シリウスは腰をかがめて、頭一つ違うその子の顔に顔を近づけた。そして…――
なんと大胆なことに、その子は自らシリウスの唇に唇を押し当てた。フードがはずれてその子の顔が見える――シリウスは薄目を開いて、ギャッと叫んだ。
「ス、ス、ス……スネイプ!?」
「シリウス？ ねえ、どういうこと…？」
飛び上がった心臓を落ち着かせる間もなく、射るように鋭い声が耳に届く。シリウスはスネイプの手を首から引きはがすのも忘れて、そろそろとそちらを見る。青ざめた恋人と、弟。
「……私のことを愛してるなんて言ったのは、全部嘘。スケープゴートにするつもりだったのね！ この外道！ あんたなんか、もう顔も見たくない……このホモ!!」
目に涙をためて、ナルシッサが走り去っていくのを引き止める言葉も浮かばない。そんな兄を見ながら、レグルスの表情が軽蔑しきったものへと変わっていく。おぞましいものでも見るかのように露骨に顔をしかめ、一歩一歩後退りしていく。
「シリウス……どうやらグリフィンドールに入って骨の隋まで腐ったみたいだな……もう家には帰ってくるなよ、頼むから。ついでに言っておくけど、俺はストレートだからな」
そう言い捨てて、脱兎のごとく駆けていくレグルス。シリウスは何がなんだか分からないまま、廃人のように立ち尽くしていた。柱の影から一部始終を見守っていたジェームズとリーマスが馬鹿笑いするのも、きっかり一時間でポリジュース薬の効果の切れたピーターが「ファーストキスがシリウスになっちゃったよ」と頬を染めて言ったのも、おそらく耳に届いていなかったに違いない。
ナルシッサ・ブラックが変態と名高いルシウス・マルフォイにやけっぱちになって嫁ぎ、レグルス・ブラックが兄と正反対の道を選んだ挙句に死喰い人となったのは、実はシリウス・ブラックのより黒い友人達の些細な悪戯によるものであった。彼ら悪戯仕掛け人達はその時、歴史を大いに動かしたことに気づいていただろうか。
最後に仇敵シリウス・ブラックとゲイ疑惑が浮上したセブルス・スネイプが一層彼を憎んだのは言うまでもない。