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シリウス&ジニー

 ジニー・ウィーズリーはふくれっつらで廊下を歩いていた。この夏、【例のあの人】との戦いに備えて、彼女の両親は何やら忙しくしていた。聞いても、詳しいことは何も教えてもらえない。子供には関わりのないことよ、あなた達にはあなた達のすべきことがあるでしょう――そう言って掃除に追いやる母親が、今のジニーには少し憎らしかった。
(もう十四になるのに、子供だなんて!)
 親の庇護下にいなければ何もできない子供ではないのに、どうして締めだされなければならないんだろう。ホグワーツで勉強して、それなりに力をつけた。最初から大人なみに働けるとは思わないけれど、もっといろんなことを手伝えるはずだ。大体【例のあの人】の狙いはハリーなのだ。先学期はその巻き添えでセドリック・ディゴリーという生徒が亡くなった。まだ学生といえど、【例のあの人】の復活は無関心ではいられない。
 ジニーは心の中でぶつくさと文句を言いながらバスルームに入っていった。今日、ジニーに割り当てられた掃除場はここなのだ。
 石造りの床には手のひらぐらいのホコリの塊が落ちていて、歩くたびにふわふわと揺れ動く。元は白であったらしい壁には汚らしいシミが浮かび上がり、人の顔のように見えた。眉をひそめながら、ジニーは壁にかけられていたシャワーに手を伸ばす。蛇口をひねると赤っぽい水がちょろちょろとでてきた。長年使っていなかったせいで、すっかりサビついてしまったようだ。そのまま水をだし続けると、やがて水量は増し、透明感を取り戻していった。自分の踏んでいた箇所もきれいにできるように、ジニーは片足を交互に上げながら床に水をかけていった。排水溝に詰まったら、魔法で一気に片づけてしまえばいい。最初からそうしないのは、何か苛立ちをぶつけるものがほしかったからだ。黒い線を残してズルズルと流れていく汚れを見ると、少しだけ気分が晴れた。
 デッキブラシを取ってきて、床も磨かねば――そう思った時、カタリと背後で音がした。ジニーは何気なく振り返り、
「きゃっ、きゃああああっ…!!」
「うわああぁっ…!!」
絶叫が鳴り響いた。二人分。ジニーの後ろには素っ裸のシリウス・ブラックが立っていた。飛び退った彼は慌てて前を隠し、顔を真っ赤にする。
「ジ、ジ、ジニー!? なんでここに……」
 ジニーが答える間もなく、バシバシッと鋭い音が鳴り響いた。【姿現わし】したのはジニーの父親のアーサーと、兄のビルだった。シリウスには目もくれず、二人はバタバタと足音を荒げてジニーのもとに駆けつける。一秒さえも惜しいというように。
「ジニー、どうした、何があったんだ、大丈夫か!?」
「痴漢か、変質者かっ? だから一人で行動するのは危ないって、兄ちゃん、いつも言ってただろぉ!?」
 いつもは冷静沈着なはずの彼らが、声を引っくり返している。ひどく取り乱しているのだ。
 ジニーはというと答える余裕もない様子だ。それはそうだろう。いきなり裸の男が乱入してきたと思えば、今度は過保護な父親と兄がしゃしゃりでてきたのだから。息つくいとまも与えないほどガクガクと揺すぶられながら、ジニーは弱々しく後ろを指した。両手で前を隠しているシリウスは三人分の視線にさらされ、居心地悪そうに身動きした。そんな彼に、アーサーとビルは詰め寄った。右手には杖を持って。
「これは一体どういうことだね、シリウス? こんなところで、裸で?」
「あんた言ってたよなあ? ジニーに手ェだすなって釘刺した時、俺は熟女好みだって。嘘だったのか?」
「ちっ、違う! 俺は風呂を洗うついでに、湯船につかりたいと思っただけで」
 しどろもどろに弁明するシリウスはダラダラと汗を流していた。もちろんシリウスは露出狂ではない。アズカバン生活の長かったシリウスは、一月以上風呂に入らないことなど慣れきっていた。屋敷しもべのクリーチャーとすれ違った時、これ見よがしに鼻をつままれたのに苛立って、今日こそは風呂に入ろうと思い立っただけなのだ。そこにジニーのような女の子がいると思わなかったからこそ、手間を省くために服を脱いで掃除にきた。そんな理由だったのだ。
 しかし、そんな説明をしてみたところで逆上しきっている娘馬鹿アーサーと妹馬鹿ビルは聞く耳持たない。
「アズカバンが恋しくなったらしいね、シリウス? いいだろう、私の手で送り返してあげよう。二度と戻れないように厳重に、ね」
「ご、誤解だ、アーサーっ」
「粗チンを見せてんじゃねーよっ、殺すぞ!」
 ヒイィッ…――か細い悲鳴が鳴り響く中、ジニーはしゃがんで震えていた。床の黒ずんだ箇所を見て、顔をこれ以上ないほど真っ赤に染めた。男兄弟の多いジニーにとって男の【あれ】を見たのは初めてではなかった。けれど、ショックは大きかった。
(……あんな真っ黒なんだ……)
 思いだし、いやいやと首を振って顔を覆い隠す。忘れよう、さっきのはきっと悪い夢だった。そう自分に言い聞かせて。
 ボロ雑巾のようになるまで徹底的にボコられたシリウスは、翌日運よく(いや、悪く?)モリーに見つけられるまでバスルームに転がっていたという。全裸で。