諍い - 1/6

シリウスvsビル

 赤々と燃える暖炉の前に陣取り、ビルは酒を呷っていた。背中を丸め、ほとんど机に突っ伏すような形になっている。それも当然かもしれない。テーブルの上にある空き瓶はすでに二つ。もどかしげな手つきで三つ目の栓を開けた時、それまで黙って向かい側にかけていたシリウスが声をかけた。
「飲みすぎじゃないのか、ビル?」
 ビルはのろのろと目を上げた。憔悴しきった顔は暖炉の火の色に染まり、真っ赤だった。もつれかけた舌で途切れ途切れにつぶやく。
「飲まずにはいられないんだ……あんたには分からないだろうな、シリウス……まだ小さい頃、ジニーはよく言ってたんだ――あたし、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるのよって。そのジニーが…、ジニーが……」
 最後の方は言葉にならなかった。シリウスは肩を竦めた。
「私だって同じだよ。名づけ子と再会したと思ったら、ほんの数年で手元から離れていってしまった。大人になるというのは喜ばしいことなんだろうが、まだまだ子供でいてほしかったような気がするよ。
 しかし、考えてもみろ。ハリーはジェームズそっくりでハンサムだし、魔力だってすごい……同じ年頃の――いや、騎士団のメンバーと比べたってあの子ほど才能を持っている者はそうそういない。いずれダンブルドアのように偉大な魔法使いになるだろう。そのハリーとつきあえるなんてジニーは本当にラッキーだ」
 ビルの眉がピリリと引き攣った。テーブルをバンと叩いて立ち上がると、シリウスの両肩につかみかかった。酔いが相当回っているのか、瓶が落ちてけたたましい音を立てたのを気にする素振りもみせない。
「ラッキーだって…!? シリウス、それは勘違いだな。ラッキーなのはハリーの方だ。あんな可愛くて、賢くて、周りへの気遣いができる子なんてそうそういないぞ」
「ハリーがその気になれば、相手は選り取り見取りだ!」
 シリウスの脳内辞書に【大人気ない】という言葉は載っていない。相手が酔っ払っている上に、自分よりも十歳以上も年下だということも忘れて、勢いよく立ち上がった。その拍子にビルがよろけて二、三歩後退る。
「ジニーを……俺の妹を侮辱するのか!?」
「侮辱したのはそっちだろう! ハリーの何処が不満だ! 言ってみろ!!」
 すっかりできあがったビルと、頭に血が上りきったシリウスは杖を抜きあった。
 その時ちょうど厨房のドアが開いた。運命の取り決めか、グレモールド・プレイスの厨房では決闘ができないことになっているらしい。他ならぬ諍いの元、ハリーとジニーが同時に叫んだ。
「二人とも、何やってるの!?」
 ジニーがビルに、ハリーがシリウスに突進して杖をもぎ取った。
「もう! ビルったら、またこんなにお酒を飲んで。どうして飲めないくせに飲もうとするのっ。ママが知ったらカンカンよ……人前でぐでんぐでんに酔っ払うなんて、あたし恥ずかしいわ」
「シリウスも退屈なのは分かるけど誰彼かまわず喧嘩吹っかけるのはやめてよ。今度スネイプにかかってくようなことがあったらとめないって約束するからさ」
 最愛の妹と名づけ子に叱りつけられ、ビルとシリウスは熱湯を浴びせられた草のようにしおしおとうなだれた。そんな二人を見て、ハリーとジニーは互いに顔を見交わした。
「何が原因かは分からないけど仲よくしてよ。僕とジニーが結婚したら親戚になるわけだし」
「ハリーったら気が早いわ」
「僕はもうその気だよ。君は、こんなこと言ったら嫌かな?」
「嫌なはずないじゃない……嬉しいわ、とっても」
 今度はビルとシリウスが顔を見交わす番だった。二人はどちらからともなく厨房をでた。もはや自分達以外見えていないハリーとジニーの邪魔になるとは到底思えなかったが。
 静かにドアを閉め、ビルが床に座り込んで溜め息を吐いた。
「仕方ない……か。あんなに幸せそうなジニーの顔、はじめて見たよ」
「そうだな。二人一緒にいて幸せなのが何よりだ。ハリーもジニーも、最良の相手を見つけたんだ。外野がどうこう言うことじゃないよな」
 シリウスは笑ってビルに手を差しだした。
「もう少し俺の部屋で飲んでいくか、ビル?」
「この分じゃ、バタービールでだって酔いつぶれそうだよ。介抱してくれるのかい?」
ニヤッと笑うと、ビルはその手を握った。