ルシウス×ナルシッサ
純白の衣装に身を包んだナルシッサは、降りしきる雪の中、いつにも増して消え入りそうなほど儚く見える。雪を踏みしめる鈍い足音が近づいていくのにも背を向けたまま、氷の彫像のように立ち尽くしていた。
「何をしている」
「……鴉を、見ていましたの」
痩せた木々の枝にとまった鴉を指し示し、ナルシッサはつぶやいた。寒さを凌ぐように、数十羽の鴉が身を寄せ合い、私達を見下ろしていた。闖入者を警戒するように、ギーギーと低く鳴くものもある。今にも襲いかかってくるのではないかと思うほど獰猛な鳴き声だ。
「怖くないのか?」
「いいえ。少しも」
白いヴェールに覆い隠された表情は読み取れない。けれど、彼女の声音が微かに震えたように思えた。笑ったのだろうか。
「ルシウス様は何をしにいらっしゃったの?」
夫となる者への義理立てからか、彼女は最近では「ルシウス様」などと呼ぶようになった。ホグワーツ在学時には、確かそんな風には呼ばなかったはずだ。もっとも、彼女が私に話しかけようとすること自体が稀だったから確信はないが。
「君を探しに。結婚の直前に気を変えられては困るからな。式の支度も、賓客も全てそろったところで肝心の花嫁に逃げられたのではお笑い種だ」
逃げたのでは、と心配したのは私ではなく、着付けを手伝っていた女達だ。試着を終えた後、ふらりと姿を消してしまったと仰々しく騒ぎ立てていた。
ナルシッサはつと私に向き直った。
「逃げだすなど……何故そんな必要がありましょうか? わたくし、あの家を離れることができて喜んでいますのに」
「家を離れられるのが喜び、か。何故だ?」
ナルシッサの言葉は意外だった。七百年も遡る家柄と、それに付随する財力を持ったブラック家の娘として生まれついたからには何不自由なく暮らしてきたはずだ。あの愚か者のシリウス・ブラックのような放蕩息子は別にして、ブラックの名に固執しない者がいるとは思えない。
「黒い鴉の群にたった一羽いる、白い鴉……それが、わたくし。
知っていて、ルシウス様? 白い鴉の命運を。姿かたちが違うと仲間と認めてもらえず、散々嬲られ、群から外されてしまうのです。自分の身一つで生きる力もなく、白い鴉は死ぬより他に道はない。
わたくしが一族の誰とも似ていないこと、お気づきでしょう? この色素の薄い髪と肌のおかげで、わたくし散々母に嫌われていましたわ……なんて醜い子なんでしょう、と。母と顔をあわせることはそうなかったはずですが、髪をつかまれ床に引きずり倒されたり、甲高い声で罵られた記憶ばかりが頭にこびりついて……父はわたくしを可愛がってくだすったけれど、母には頭が上がらず……いつでもわたくしを庇ってくださったアンお姉さまは、あの男と一緒にいなくなってしまった……」
「なるほど。そんな家に居続けるよりは、嫁いだ方がまだしも幸せになれるというわけか」
「幸せ……?」
ナルシッサはクスクスと笑いだした。まるで見当違いのことを言われたのが、おかしくてたまらないというように。
「わたくし、幸せってなんだかよく分かりませんわ。昔……ある人に言われました。必ず幸せにしてやる、と……けれど、彼に与えられたのはジリジリと心を焦がすような痛みと、それがなくなった後の虚無感だけ……そう、あれが幸せというものだったなら。わたくし、あんなものは二度とほしくありませんわ……何も感じず、何も思わずにいた方がずっと楽ですもの」
そう言うと、彼女は私に背を向け、屋敷へと引き返していった。長いドレスの裾とヴェールにならされ、雪原に足跡は僅かにしか残らない。あと数分も経てば、新たな雪に埋められてしまうだろう。
まったく心の読めない女だ。何を考えているのか、よく分からない。そうは思いつつも、少なからず私は自分に与えられた【人形】に興味を覚えた。一瞥しただけで全てが分かる女よりも、心の奥底に黒いものを抱えた女の方が、金塊を掘り当てるように少しずつ全貌を知っていく楽しみがあるではないか。