ドラコ×ジニー
粉々呪文をマトモに喰らった足じゃ、もう走れない。靴の上から押さえて確かめるまでもない。腫れ上がった足は自分の身体ではないようだった。じわりと浮かんだ汗が、目元に垂れてくる。
以前と同じだ――魔法省で死喰い人と戦った時と。あの時も右足を怪我して、ルーナに支えられながらなんとか逃げたんだっけ。でも、今は誰も仲間がいない。皆、自分達が生き残るだけで精一杯。人にかまけてる余裕なんかないんだ。
死にたくない。どんどん狭く、そして暗くなっていく視界がなくなってしまったら、それが最期かもしれない。閉じようとするまぶたの動きに逆らいながら、足を進めようとした。
けれど、駄目だった。怪我していない方の足をついただけで激痛が走って、あたしは床に転がった。立ち上がらなきゃ、と思うのに、身体が言うことを聞かない。
足音が迫ってくるのを聞いた気がする。あたしは直感的に敵だと悟った。最悪の事態で、奇跡なんか期待したって無駄。腕に力を入れて、顔だけでもなんとか上げようとした。
同じ殺されるにしても、せめて一糸報いてやるんだ。命乞いなんかして、無様な姿はさらさない。
足音がすぐ側でとまった。あたしは握りしめたままだった杖を向けた。
「君だったのか」
聞き覚えのある声だった。あまりに頭がグラグラして、その人物が誰なのかは分からなかったけれど。一瞬のためらいが命取りになった。次の瞬間、あたしは杖を奪われていた。
「こんな形で再会したくはなかった」
「……ドラコ、なの?」
目をこすって視界を鮮明にしようとしたけれど、波模様に遮られる。その人の顔が見たかった。見て、確かめたかった。本当に彼なのか。ほんの数ヶ月間だけ恋人だった彼――吹雪の夜に窓辺に立って、あの印を見せてくれた。左腕の内側に刻み込まれた、禍々しい髑髏の刺青。雪のようにきれいな彼の肌を蹂躙するソレを、あたしは本能的に憎んだ。
何故こんなものを受け入れたの? 訊くと、彼は肩を竦めて笑った。
――怖かったからさ。闇に呑まれるのが怖かったから、闇の一部になることを選んだんだ。
そのために罪もない人の命を奪ってもいいの? 憤慨して言うと、彼はまた笑った。自嘲するように。
――君には、どう言ったって理解できないだろう。君と僕とは、根本的に違うから。でも、理解できなくていいんだ。理解できないからこそ、僕は君のことが好きなんだ。
彼は不思議な人だった。それまでつきあった何人かの男の子達とは違う。親同士が敵ということもあったのだろうか。彼は一件単純そうに見えるその心を、無防備にあたしの前にさらしたことはない。あたしのことを本当に好きだったのかも分からない。あたしも彼のことが好きなのかどうか、確信はなかった。ただ言われるまでにつきあっていただけだから。
あの印が焼け焦げたように黒く変色した時を最後に、彼はあたしの元を去った。多分、永遠に。
「あたしを…、殺すのね……」
「君を殺したくはない……けれど、仕方ないんだ。僕が見逃したところで、仲間が君を見つけてしまう……【あの方】に、この戦いに加わったもの全てを殺せと命じられた。背くことはできない」
あたたかいものが頬に当たった。なんだろうと思う間もなく、次々としずくが落ちてくる。涙だろうか。泣いているのだろうか、あたしのために?
「ねえ、一つだけ……お願いしてもいい……?」
「……ああ」
「手を、握っててほしいの……あたしを殺す時……」
疲労感に任せて目を瞑ると、すぐ間近まで暗闇が押し寄せていた。月のない闇夜よりも濃い暗闇。けれど、恐怖はなかった。厚い布で覆われたような意識の中でも、あたしの手を取る確かな存在を感じられたから。
最後に、緑色の閃光が黒の帳を稲妻のように引き裂いた。