諍い - 5/6

トンクス&ジニー

 トンクスは騎士団の会合に使った資料を見返していた。中身に目を通しているわけではない。つまずいた拍子にうっかりバラバラにしてしまったので、ナンバー順に並べ直していたのだ。掃除同様、整理整頓は苦手だった。モタモタした手つきで作業を進めていくと、かさばる羊皮紙の厚みにまたもや手から雪崩のように勢いよくずり落ちていく。思わず溜め息を洩らした。
 と、その時、クスクスと戸口から笑い声が聞こえた。見れば、ジニーがひょっこりと顔を覗かせている。
「手伝うわ、トンクス」
 ジニーは散乱した資料を手早く拾い上げていった。トンクスの手にある数枚も受け取り、束ねた羊皮紙の束を軽くテーブルに落として高さをそろえていく。
 難航した作業をいとも簡単そうにやってのけるジニーにトンクスは心から拍手した。
「本当器用ね! 私がやったら、あと十分はかかったに違いないわ。ありがと、ジニー」
「ううん……ね、トンクス? 今、ちょっといい? あたし、話したいことがあるの……その、二人だけで」
「いいわよ。なあに?」
 何かを言いあぐねているらしくジニーの瞳は不安げに揺れ動いていた。何度か唇を動かしかけたが、ためらうようにつぐんでしまう。
 珍しいと思った。トンクスの知る限り、ジニーは物怖じせずにはっきりと自分の意見を主張する少女だった。きっと、この子は何か悩みを抱えているに違いない。トンクスは腰をかがめてジニーの目を覗き込んだ。
「ん? どうしたの? 悩みなら相談に乗るわよ」
「違うの。あたし……トンクスに謝らなくちゃってずっと思ってて……」
「謝る? どうして」
 トンクスは首をかしげた。謝られる覚えはまるでなかった。むしろ迷惑をかけることの方が多いくらいなのに。
 ジニーは祈るように両手を組んだ。
「トンクス……昔、ビルとつきあってたよね。学生時代に。家にも何度か遊びにきてた」
「んっ、ああ、そうね。ジニーはまだちっちゃくて、とっても可愛かったよ。もちろん今も可愛いけどね」
 ビル・ウィーズリーとつきあっていたのは五年生の頃だった――トンクスは不意に当時を思いだし、なつかしさに駆られた。
 監督生だったビルにはいつもドジばかりするのが危なっかしく見えたのだろう。いつも何くれとなく世話を焼かれているうちに親しくなっていた。
 トンクスにとってビルは転ばぬ先の杖だった。注意深い彼はいつも先回りしてくれていた。まるで子供に細心の注意を向ける母親のように。そう、恋人や友人というよりも家族という言葉が一番しっくりくるような存在だった。
「あたし、昔ビルのことすっごく好きだったの。だから、ビルに恋人ができたのが悲しくって、泣きわめいて……二人とも、すっごく困った顔してた。その後、トンクス、家にこなくなって……ビルと別れたって聞いたの……ごめんなさい。いつかまた会えたら謝りたいってずっと思ってたの」
 【大好きなお兄ちゃん】の足にしっかりとしがみつきながら、顔を真っ赤にしてボロボロと涙をこぼしていた女の子の姿を思いだして、トンクスは微笑した。「あたしのおにいちゃんをとらないで」と舌足らずな言葉で叫んでいたのはよく覚えている。いつも余裕綽々だったビルのうろたえたところを見たのはその時がはじめてだった。
「やだなあ、ジニーのせいなんかじゃないわよ」
「ビルのこと、今でも好き…?」
「うん、好きよ」
 トンクスはこだわりなく言った。だったら、と言いかけたジニーを制して先を続ける。
「でもね、ジニー。それはあくまで友達としての好きなの。恋人としてじゃなく。
 愛するただ一人の人に巡りあうっていうのは奇跡みたいなものよ。赤い糸なんて誰にも見えないんだから。だからね、私はいろんな人とつきあってみようって思ったんだ。ビルのことも好きだったけれど、彼も私も特別な相手にはならなかったから別れた。それだけよ」
 でも、とまだ何かを言おうとするジニーを抱きしめた。年の割に小さな身体はトンクスの両手の中にすっぽりと収まった。
「ジニーって本当可愛い。私もジニーみたいな妹がほしかったな」
「え?」
「うん。私も、もう一度ビルとつきあってみようかしら。運命を見落としてたかもしれないし……ビルと結婚したら、ジニーが妹になるわけだしね」
にっこりと笑って、トンクスは手に一層力を込めた。