ロン&ジニー
病院内の人はまばらだったけど、喫茶店はやけに混みあっていた。寝間着の上に何かを引っかけたような人ばかり。多分軽度の入院患者なんだろう。四人一緒に座れる席はなかったから、ハリーはハーマイオニーと。僕はジニーと空いた席を探して奥の方に歩いていった。
ちょうど席を立ったカップルと入れ替わりに座ると、ジニーはテーブルの上に写真の束を置いた。自慢の【チャーミング・スマイル】とやらを浮かべたロックハートが手を振り、笑いかけてきている。さっき病室で押しつけられたものだ。
こんなところでまた会うなんて思っちゃいなかったけど、あいつは全然変わっていなかった。記憶を失っても相変わらず自分のことしか考えていない。笑って、サインをして。ネビルの両親のことを聞かされてショックを受けている僕達にも馬鹿みたいに笑っていた。
なんて空気の読めない奴…――見ているだけでイライラする。
「こんなの捨てちまえよ」
「別にいいでしょ。かさばるわけじゃないもの」
「そんなの持っててなんの特になるっていうんだ? ただでさえ狭い家がゴミだらけになっちまうだろ。貸せよ。捨てにくいなら僕が」
「いいって言ってるでしょ!」
ジニーは伸ばしかけた僕の手を叩いて、写真の束を膝に避難させた。ジニーが声を張り上げたせいで周りの視線が集まる。ジニーは少しも気にせず、僕をはったと睨みつけている。
「……なんだよ。お前、ロックハートのファンだったのか? あいつはただの気取り屋で、他人の手柄を横取りするような最低の奴なんだぞ」
「ただ、それだけの人じゃないわ」
ジニーは口早に答えた。
「お前を見捨ててとんずらしようとした」
「聞いたわ」
それがどうだって言うの? そんな口ぶりだった。
信じられない。ロックハート・フリークはハーマイオニーだけだと思ったのに。
「マイケル・コーナーをやめて、ロックハートに乗り換えるってワケか?」
声を落として訊くと、ジニーは溜め息混じりにつぶやいた。
「どうしてそんな下世話な発想しかできないの?
いいわ、知りたいなら教えてあげるけど……ロックハート先生はね、あたしを助けてくれたのよ」
「助けた? あいつが?」
「一年生の頃……マルフォイに会うたびいじめられて、いつも泣いてばかりいたわ。まだ相談できるような親しい友達もいなくて……生きた人間のってことよ」
ジニーは暗い笑みを浮かべた。
「どうして自分はこんなんだろうって考えた。マルフォイに笑われるたび、自分に自信がなくなっていって……皆があたしを笑ってるんだって思うと怖くて仕方なかった」
「ジニー、お前そんなこと一言も……」
そういえば、あの頃のジニーは借りてきた猫のようにおとなしかった。てっきりハリーを前に緊張しているだけだと思っていたのに。
「言えなかったのよ。みじめで……家族にも情けない自分を知られるのが嫌だったから。
そんな時、先生が皆に認められるためには、いつも笑顔でいなきゃ駄目だって教えてくれたの。つらいつらいって物事を悪い方にばかり考えてたら幸せが逃げていってしまうよって。
確かに先生は闇の魔術に対する防衛術の教師としては役立たずだったわ。でも、あたしに勇気をくれたのも先生なのよ。また笑えるようになったのは、先生のおかげだわ」
「……ごめん、ジニー」
そんなに悩んでいたなんて思いもしなかった。自分のことと、【秘密の部屋】のことで頭がいっぱいで気づかなかった。
ジニーは軽く頷いて、膝に視線を落とした。ジニーにとって、ロックハートの笑顔は今でも慰めになっているのかもしれない。自分勝手なあいつにそんな意図はなかったにしろ、落ち込んでいたジニーが励まされたのは事実だ。
捨てちまえなんて言わなきゃよかった。