諍い - 3/6

ルシウス×ジニー

「君は母親と本当によく似ているな」
 かんしゃくを起こした後、ルシウスは決まってそう言った。おなじみの淡々とした口調をかなぐり捨てて、満足げに笑いながら。ジニーはそのたびに彼の目の届かないところに逃げ込みたいと思った。不自由な足では顔を背けるだけで精一杯だったが。
 一度はヴォルデモート卿を打ち破ったハリー・ポッターが闇にほふられてから一年と少し。ヴォルデモート卿に真っ向から対抗していた【不死鳥の騎士団】の主だったメンバーは命を落とし、傷つき落ち延びた者も徹底した残党狩りに行方をくらませた。マグル出身の魔法使いは次々と引きずりだされては処刑され、刃向かう者も皆同じ運命を迎え、ついには立ち上がる者もいなくなった。
 最後の最後までヴォルデモートに隷属するのを潔しとしなかったウィーズリー家もまた悲惨な末路を辿った。
 ジニーは家族が拷問される様を間近で見聞きしただけでなく、ヴォルデモートの望みを満たすための贄に選ばれた。父親の骨を使って甦ったヴォルデモートは自分の中のマグルの血を厭い、新たなる純血の身体を欲していたのだ。
 逃げられぬように両足を切り落とされ、高い塔に閉じ込められたジニーは【夫】になったルシウスを激しく憎んだ。命じられるままに家族を拷問し続け、死に至らしめた彼を。
 その憎しみが晴れたのは新たな命が宿ってからだろうか。
 ジニーは時折自分の心を整理しながら、家族を思い返して罪悪感に駆られた。ここを訪れるたびにふくらみかけた腹に手を当て、優しく撫でていく手を振り払えないことを。仇を憎み続けることができなくなったことを。
 憎しみも怒りと同じ。何かがきっかけで忘れてしまえる。完全に、とはいえないけれど。
「跳ね返りも嫌いではないが、あまり感情を昂ぶらせると身体に障る。気をつけたまえ」
「あなたが怒らせるようなことを言わなきゃいいのよ」
 そっぽを向いた顔を覗き込んでキスしてきたルシウスに少し気分をほぐしつつも、つっけんどんな言い方で返した。
「それに、あたしはママじゃないんだから」
「分かっている」
「分かってないわ。あなたはママをあたしに重ねてる。あたしはあたしなのに」
 母親がルシウスを語ったことはただの一度もない。激しい憤りに吐き捨てるように彼を罵っていたのは、父親の方だった。ジニーは一緒に生活するようになるまで、母親と彼がホグワーツ同窓生だったということすら知らなかった。
 こんなことがあった。あんなことがあった。それは愉快な記憶とも思えないのに、ルシウスは進んでいろんなことを聞かせてくれた。遠く失った【過去】に思いを馳せるルシウスはこの上もなく幸せそうに見え、自分といる【現在】にさほど意味はないのだと思えてジニーは寂しかった。
「……あなたは、ママを愛していた?」
「さあ……私にもよく分からない」
 訊いてもいつも答えははぐらかされる。もしかしたらルシウス自身答えが見出せないのかもしれない。ふくれるな、というように頭を撫で、額に唇を押し当ててきた彼を見上げて、ジニーはそんなことを思った。