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ドラコ×ハーマイオニー

 私を引く手は冷たく、じっとりと汗ばんでいた。自分一人だけならもっと速く走れるはずなのに、彼は手を放そうとしない。私はいつ置き去りにされてもいいように覚悟を決めて、握る力を緩めているというのに。
 雨に濡れた地面がうるさいまでに音を立てる。どんなに遠く離れていても聞き咎められそうな大きな音。そして、呼吸はどんどん乱れていくばかりで、冷たい空気に広がるもやは白みを増す。
 角を曲がったところで、彼はひたと足をとめた。何故彼が足をとめたのか、すぐに分かった。死喰い人――
「……逃げろ、グレンジャー」
 おぞましい仮面をつけた男が私達に杖を向けていた。それが誰なのかも。
「いいな。僕が注意を引きつける……手を放したら、すぐに逃げろ。どんなことがあっても後ろを振り返るな。僕を助けようなんて、余計なことは考えるなよ」
「嫌よ……私が戦う。あなたが逃げて。あなたは戦えない……」
「戦うさ。決めたんだ、君を守るって。例え、父を殺すことになっても…――いけ!」
「駄目、ドラコーッ!」
 翻った黒いローブに一瞬視界を奪われた。まるで濃い闇に彼が呑み込まれてしまったような不吉な予感の直後、ほとばしる閃光と、彼の身体がぐらりとよろめいて……
「いや、ドラコ! ドラコ! しっかりしてっ」
「馬鹿……逃げろって、言ったのに……」
 あばら骨を何本か折ったのだろう。苦しげに呻きながら身体を起こした彼の顔色は、死人のような土気色だった。私を見上げる視線も、気を引き締めていなければ何処かに流れていきそうなほど弱々しい。
「ドラコ……」
「逃げろ。早く……ハーマイオニー!」
 絞りだすように言った直後、彼の口からドッと鮮血があふれでた。見開いた目が苦しげに痙攣する。なのに私には何もしてやれない。苦痛を和らげる術も知らず、ただ寄り添っているだけ。
 ジャリ、とすぐ近くで地面を踏みしめる音がした。
「愚か者が……マグルの小娘を庇いおって。我らが主を裏切ったばかりでなく、よもや敵方につくとは。我が息子ながら、その愚行にはほとほと呆れた。私自らの手でその命刈り取らねば、あの方に申し開きができん」
 冷ややかな声だった。瀕死の息子を目の前にして、何故この男はこうも落ち着き払っているのだろう。仮面の下の表情は見えないけれど、きっと眉一つ動いていないに違いない。
 逃げろ。懇願するように目で訴えかける彼の手を握って、私は涙を流した。恐怖のためではない。ただ彼がかわいそうでならなかったのだ。こんな冷たい父親の元で育ったことが。きっと、この父親は息子を殺したところで気に留めることもないのだろう。
 かわいそうなドラコ。親は無償の愛を与えてくれるものなのに、彼はそれを知らずに育ったのだ。
「大丈夫よ……ドラコ。あなたを置き去りになんかしない。一緒にいるから」
 彼一人を黒く寂しい世界に押しやるわけにはいかない。
 苦しみに呻く彼の耳に、私の言葉がちゃんと届いたかどうかは分からない。ただヒューヒューとかすれた息遣いの中に、「ありがとう」と聞こえた気がした。