My Little Riddle ~a second-year - 2/9

アスフォデルの花言葉

 休日の図書館は人が少ない。ホグズミードに行くことを許可された上級生は喜び勇んでそちらに行っていたし、残された下級生に進んで勉強をしようとする者は少なく、ひどく閑散としていた。
 その中、声をひそめてささやきを交わす珍しい組み合わせがあった。人気のない書棚の陰に隠れるように小さな赤毛の少女と、すらりと背の高い黒髪の少年。兄弟とも恋人ともとれる親密な雰囲気を漂わせている二人だったが、寮章とネクタイはグリフィンドールとスリザリンのもの。無論、寮の間が険悪だからといって親しくしてはいけない法などない。が、やはり非常に珍しい組み合わせではあった。
「【生ける屍の水薬】の作り方は?」
「えっと…、ニガヨモギを……アスフォデルの球根に加える?」
「惜しい。けど、その答え方じゃ駄目だよ。アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加える、が正解」
 教科書をパタンと閉じると、少年…――トム・リドルは柔らかな笑みを浮かべた。
「ちゃんと復習しなきゃ。これは一年生で習ったことなんだから」
「魔法薬学って苦手。薬草の種類に分量、調合の手順……覚えることがたくさんありすぎるんだもの」
ジニーはシュンと肩を落とした。
 数日前の魔法薬学の授業中、調合の手順間違いでこっぴどく叱られたのだ。グリフィンドールを毛嫌いするスネイプはここぞとばかりにイヤミを言い、ついでにロンとハリーのことまで馬鹿にした。それも不注意による減点というオマケつきで。
 自分の失敗のせいで兄や、果ては憧れの人まで悪く言われるのは我慢ならなかったし、寮の皆に迷惑をかけてすまなく思った。だから、リドルに指導を頼んだのだ。五十年前とはいえ、首席で監督生だった優秀な彼に。
 絶対に覚えなければならない重要な箇所を教えてもらい、何度も口に出して言ってみた。ノートをまとめ直したりもしてみた。なのに、一向に覚えられない。頭に入ってこない。
「あたし、魔法使いの才能……ないのかな」
 うなだれるジニーの声があまりに深刻だったので、リドルはついつい顔をほころばせてしまう。途端、ジニーは唇を尖らせた。
「もうっ、真剣に悩んでるのに!」
「はは…、ごめんごめん。悩んでいる顔も可愛いなと思って」
「からかわないでっ」
 ジニーは頬をふくらせかけたが、リドルの微笑みを見るとなんだか楽しくなってきてしまう。声を立てて笑いだすと、シーッと人差し指を唇に当てられる。誰にも邪魔されたくないから静かにね――イタズラっぽく光る紅茶色の瞳がそう告げていた。
「あのね、魔法薬学一つできないことが、そのまま魔法使いの才能がないってことじゃない。僕だって飛行術は苦手だったよ」
「トムが?」
 万能だと思っていたのに信じられない。不出来な生徒を慰めるための嘘じゃないだろうか。ジニーの視線を受け、リドルは首を振る。
「身体を動かすのはどうもね。体力はないし、バランス感覚も……ああ、ついでに力もないな。魔法を使わない、直の決闘にはすごく弱かった」
苦笑しながら言う彼の細い体つきを見て、ジニーは力いっぱい頷いた。
 ローブから覗く手は青白く、細長い指は爪の先まで整っていて、女の自分よりもよほどきれいだと思う。マメの浮かんだ小さな手が恥ずかしくなって、ジニーはキュッと握りしめてローブの中に隠した。
「ジニーは飛行術、得意って言ってただろう? 得手不得手は人それぞれ。得意なものを引き伸ばして、苦手なものを少しでも苦手じゃなくすればいいんだよ。
 どうやら君は少し暗記が苦手みたいだから…――暗記のコツはね、何かを関連づけて覚えればいいんだよ。そうだな……さっきの【生ける屍の水薬】の材料のアスフォデル。あれは、どんな植物か分かる?」
「ええと……確か花だった気がする」
 必死に思い返して言うと、リドルは頷く。
「そう、ギリシャでは昔【死の花】と言われていた。葬式の時に供えたりね……死を呼ぶ僕にぴったりだと思わないかい?」
 【あの人】の影を感じてギクリと身を退くジニーの肩を引き寄せると、リドルは優しく頭を撫でた。高鳴る心臓を落ち着かせるように、優しく。
「冗談。ぴったりなのは花言葉の方だよ。『私はあなたのものです』」
「私は……あなたのもの…?」
 戸惑い復唱するジニー。
「つまりはね、こういうこと」
その手を取って開かせると、腰を屈めたリドルは素早く甲に口づけを落とす。まるで中世の、貴婦人を護る騎士のような仕草で。
「トっ、トム!?」
 図書室だというのも忘れて叫ぶジニーを黙らせるようにきつく抱きしめる。子供っぽい手を愛おしげに撫でながら、柔らかな髪をかき分け、現われた耳元にリドルは小さくささやいた。
「これでもう忘れないよね、ジニー?」

(2004/01/14)