My Little Riddle ~a second-year - 9/9

安らげる場所

 色とりどりの花々に彩られた山々の合間。ホグワーツ城や湖、その先のホグズミードを見下ろせるなだらかな丘のようになったところに、ふわりと降り立ったのは赤毛の少女――ジニーが兄から借り受けた箒の柄をまたいで、しっかりと地に足を着けた途端、背後に黒い影が落ちた。振り返り、ジニーは笑いを洩らす。
「トムったらホントに箒が苦手なのね」
「長時間地面から離れているなんて考えただけでゾッとするよ。いつか君と一緒に乗ってみたいとは思うけど……まだ当分は無理みたいだ」
 口元を押さえたリドルは低くつぶやく。空を飛んでいる間は【ジニーの中】に隠れていたはずなのに、よほど空の旅が苦手なのだろう。青白い顔は今にも倒れそうに見えて、ジニーは少し心配になってきた。
「ね、大丈夫? 酔ったの?」
「……うん、まあ、それに近い……かな」
「ごめんなさい、連れてきちゃって」
 実際には「連れてきた」のではなく「ついてきた」のだが、どちらにしても変わりない。彼の様子が本当につらそうで、ジニーは思わず笑ってしまったことを反省した。

 三年生の魔法薬学で習う縮み薬を予習がてら先につくってしまえばいいと提案したのはリドルだ。材料は学校付近で手に入りそうなものばかりだったし、彼の指導のおかげで少しずつ魔法薬学の苦手意識がなくなってきたこともあり、ジニーも乗り気になったのだ。
 ただ近くの山とはいえ、歩いていったのでは日が暮れてしまう。だから箒で一気に飛んできたのだが、リドルが飛行術を苦手としているのをうっかり忘れていた。彼は姿を隠している時も視覚・聴覚など全て自分を通して体感しているらしい。不可抗力とはいえ彼を嫌がらせることをしてしまったのが申し訳なかった。
 シュンとなったジニーに、リドルは少し笑ってみせる。
「少し寝てればよくなると思うから。僕はここにいるから早く探しておいで」
「でも、放っておけないよ。そんなに具合悪そうなのに……」
「スネイプの鼻を明かしたいんじゃなかったの? ほら、僕は大丈夫だから。いって」
 なおも言い募るジニーの背を軽く押してやる。心配そうに何度も振り返るのに手を振ってやり、完全に姿が見えなくなると、リドルは温かな草原に寝転がった。

(情けないな……)
 完全に実体化しているわけではないから人間の生理的なものはないはずなのに、こんな感覚だけは残っている。無様な姿をさらしてしまって恥ずかしかった。ジニーに気を遣わせる気はさらさらなかったのに。
 今よりも深く【ジニーの中】に引っ込んでしまえば感覚は遮断できるだろうが、そうすると彼女が何をしているのかまで分からなくなってしまう。
 一挙一動見逃したくない。嬉しさも、悲しみも、怒りも…――全てを共有したい。彼女とすごす時間が長くなっていくにつれ、そう思う気持ちは強くなった。
 ジニーに対する想いがどんなものなのか、リドルは自分でもはっきりとは分からなかった。もう彼女とのつきあいは二年近くになるというのに。
 一緒にいると心が休まるのを感じる。
 思えば、あれほど憎んでいた父親のことを考えることもなくなった。マグルや【穢れた血】のこともどうでもよくなった。心の険がなくなり、温かい気持ち…――ちょうど、この陽のそそぐ草原に寝転がっている時のような居心地のよさを感じる。だが、それを一つの言葉に言い表わすことはできなかった。
 ただ好きというのとは少し違う気がする。

 肌を撫でるように吹く風は柔らかく、リドルは目を瞑ってその慈しみに身を委ねた。さわさわと波打つ草の音に耳を傾けながら、ジニーのことを想う。はにかんだ顔、自分を呼ぶ声、握り返してくれる小さな手…――凍てついた心を融かしてくれた温かさ。
 一度手ひどく裏切ったというのに、もう一度信じてくれた。そんな甘さも以前なら笑い飛ばしてしまっただろうに、今ではこの上もなく大事なものとなった。そうなったのは、きっと見せかけではないと分かったから。ジニーの優しさも、強さも、全ては彼女自身のもの。嘘で全てをごまかしてきた自分とは違うと…――そう思えたからだろう。
 ぼんやりとそんなことを考えながら、どれだけの時間が経ったろう。頬をかすめた何かにそっと目を開けると、ジニーの顔が間近にあった。

「あっ…、起こしちゃった?」
「……いや、寝てたわけじゃあないから」
 頭上の光を受けて、透ける赤毛は金色を帯びる。不安そうな顔がふっと緩まった。
「雛菊の根を見つけたから一度戻ってきたの。少し具合よくなったみたいね、よかった」
 顔色を見ようと、額に垂れかかった髪を押しのけて言うジニー。優しく顔を撫でられ、起き上がりかけていたリドルは再び頭を落とした。頭が触れた途端、ジニーの膝が戸惑ったように小さく動いた。
「トム?」
「ごめん。やっぱり少しだけ……寝かせててくれる?」
側にいたいから。この温かさを味わっていたいから。
 続きの言葉を呑み込んで、リドルは目を閉じた。眠れぬ身に、母の胎内をまどろんでいるような温かな【夢】を感じながら…――。

(2004/01/18)