My Little Riddle ~a first-year - 3/7

ティティアン

 誰もいない教室に駆け込む小さな影。ドアを閉めると同時に、シンとした室内にしゃくり上げる声が響く。
 ドアを背にズルズルと座り込んだのは小柄な赤毛の少女、ジニー・ウィーズリーだった。誰かに聞きつけられるのを恐れてか、唇を震わせながらも、なんとか声を押し殺そうとしている。
 目の熱さを我慢するようにギュッと瞑ってゴシゴシこする。鼻をすすりながらも、教科書と分厚い資料の間から黒い表紙の日記帳を取りだして、ページをめくる。抱えた両膝の上に乗せ、インク壷を床に置くと、そっと羽ペンを浸した。
『こんにちは、トム』
 いつも通りの挨拶の言葉。書き込んだ字はスッと吸い込まれていき、彼の言葉が浮かんでくる。ジニーの不安を慰めてくれる、大好きな友達の言葉が。
『こんにちは、ジニー。何か悲しいことでもあったの? なんだか沈んでいるみたいだけど』
 ちょっとした字の書き方で気分まで読んでしまう彼はさすがだと思う。そして自分を心配してくれる言葉が今のジニーには身に染みた。
『トム……なんでうちの家族は赤毛なのかな?』
 そう書き込んだ途端、睫毛の先から涙のしずくが落ちてしまった。慌てて拭ったけれど、鋭い彼は何か感じ取ったらしい。
『どうしたの? 何があったか教えて。誰かに何か言われたの?』
浮かび上がった文字は急いているようで、きれいな字が少しだけ乱れていた。優しい言葉が嬉しくて、新たな涙がポタポタと落ちていく。
 ジニーはその日あったことを書いていった。
 一学年上の厭味なスリザリン生、ドラコ・マルフォイにからかわれたこと。ウィーズリー家特有の赤毛を馬鹿にされ、兄弟を侮辱された。自分だけならともかく家族のことを言われては我慢できない。勇気を振り絞って言い返すと、容姿のことを悪し様に罵られたのだ。
 思いだすだけで情けないやら悲しいやらで、くすんと小さく鼻が鳴った。
『ニンジンみたいな髪にソバカスだらけ……そんな、みっともない顔じゃ、誰にも好きになってもらえないって。暗いし、なんの魅力もない……ハリーにも嫌がられてるって言われたの』
『ひどいことを。そんな奴の言うことを気にする必要はないよ。君は一人ぼっちだった僕を孤独から救ってくれた。君が毎日話しかけてくれるから僕は寂しくないんだよ。そんな優しさも十分な魅力だ』
『トムはあたしの顔を知らないから、そんな風に言えるの……マルフォイの言った通りなのよ。可愛いわけじゃないし、ハキハキ喋ることもできない……それに、こんなつまらない赤毛だもの』
 恋をしている少女にとって――それが例え子供の抱く淡い想いだとしても――自分の容姿は非常に重要な問題だ。自分に自信を持てないジニーは鏡を見るたびに赤毛の一房をつかんでは溜め息を洩らす毎日だったから、弱みを指摘されて余計に落ち込んでしまったのだった。
 リドルは考え込むように少しの間だんまりを決め込んでいたが、おもむろに
『君はとても可愛いよ。誰にも負けないくらいにね』
『お世辞なんかいらないわ』
 ふるふると首を振ったジニーだが、
『実はね、ジニー。僕には君の顔が見えているんだ。今、君は目をパチパチさせた。言い当てたのに驚いたのかな。両手で口を隠してる』
 反射的に崩した足から日記帳が落ち、インク壷に膝が当たって中身をぶちまけそうになった。慌てて支えると、ジニーは日記帳を覗き込んだ。
『トム、ホントに……本当に見えてるの? どうして…、今まで教えてくれなかったの!?』
『ごめん…、君を怖がらせてしまうかもって思ったら言えなかった。また一人になるのは嫌だったんだ』
『怖いなんて……そんなこと思うはずないわ』
 努めて自然な顔を装ったが、やはり驚きは隠せなかったし、手が震えた。だが、怖さからでは決してない。今まで彼には数え切れないほど悩みごとを打ち明けてきた。そんな顔ばかりが見られていたかと思うと恥ずかしくてならなかったのだ。今日のように泣きながら訴えたことも二度や三度ではなかったから。
 決まり悪そうに視線を漂わせて頬を染めるジニーに、彼はなおも続けた。
『日記帳を覗き込む君の顔が見えるたび、僕は嬉しかったよ。笑った顔も、すねた顔も、それに泣く顔も……くるくる変わる表情がどれも可愛くて、見てるだけで楽しかったから』
『ト…、トム……お世辞はいいったら。恥ずかしいよ…!』
『僕は本心から言っているつもりだけど』
『嘘……赤毛の子をいいと思うはずないもの』
 よほど赤毛がコンプレックスなのか、ジニーは唇を尖らせる。驚きで乾きかけた目がまた微かに潤みだした。絹糸のようにサラサラの赤毛はつややかで、僅かな光にもしっとりした光沢を浮かべるというのに。
 他人のいいところは目につきやすく、鏡を手にしても自分の長所は映らない。人間とはそんなものだろう。リドルはうつむきがちな彼女に辛抱強く語りかけた。
『ジニー、マグル界には赤毛の女性ばかりを好んで描く画家もいたくらいなんだよ。赤毛が駄目なんて誰が決めたんだ? 君には何より赤毛が一番よく似合う。周りにあたたかい気持ちを与えてくれる君には、冷たいブロンドよりも赤毛の方が絶対いい。誰がなんと言おうと、僕にとって君は魅力的だよ。もっと自信を持って』
 ジニーは一層頬を赤らめて、恥ずかしさに顔を覆った。
 ほしい言葉を、望む言葉を惜しげもなく言って勇気づけてくれる。この顔の見えない友達に抱いたジニーの想いは日を追うごとに大きくなっていった。彼のくれる言葉はいつも何かしらドキドキさせるものがあったし、嘘やお世辞だったとしても丁寧な字体が誠実さを思わせた。
 胸をときめかせてくれるけど、それ以上に安心をくれる。ハリーを想うのと似た、でも少しだけ違う気持ち。
『トム…、ありがとう。トムと話すだけで、いつも幸せな気持ちになれる……あたし、五十年早くホグワーツにきたかったな。字だけじゃなく、トム本人を見たかった』
『僕は君に幻滅されたくないから見られなくてよかったよ』
 きっと笑いながら言っているんだろう。からかうような言葉にジニーは笑った。
『幻滅なんかしないわ。きっと優しい顔をしてたと思う。ホントに会ってみたかった』
『そう? やっぱり幻滅されそうだ』
 もう一度にっこりと笑って、ジニーは羽ペンを動かした。今度は愚痴なんかじゃない。ちゃんと笑いながらできる楽しい話をしようと心に決めて。

(2004/02/17)