My Little Riddle ~a first-year - 2/7

Sweet-Heart

『ねえ、トムはチョコレートって好き?』
 また唐突にジニーは訊いてくる。なんの取り柄もない小娘だとは思っていたが、こうも馬鹿らしいことしか話せないとは。
『いきなりだね。どうしたの?』
 呆れながらも、そう答えてやった。こういう時ばかりはまだ実体化していなくてよかったと心底思う。字面ではそう分からないだろうけど、もし今ジニーの前にいたら、きっとうんざりした顔を隠せなかっただろうから。
 ジニーの返事はすぐに返ってこない。こういうところも僕の癇に障ることの一つだ。さっさと要点を絞って話せばいいものを。たくさんいる兄弟の末っ子というのは皆こんなにおっとりしているものなのだろうか。
『あのね、ニホンって知ってる?』
『ニホン? ああ、日本か。東にある島国だね』
『今日友達に聞いたんだけど、そのニホンではバレンタイン・デーにチョコレートをあげるんですって……好きな人に』
 ああ、と合点がいった。要は憧れのハリー・ポッターにあげるプレゼントの相談か。
 【未来の僕】を退けただけあって、今やハリー・ポッターは魔法界の時の人らしい。その彼にアプローチするには普通にカードを送るだけでは物足りない。それで皆より少しでも変わったことをしようというわけか。
『ハリーにあげるんだね?』
 意地悪く訊いてやると――どうせジニーは仕込まれた棘に気づきもしないだろうけど――インク壷を倒してしまったらしい。ガチャガチャと騒がしい気配を感じる。ジニーが慌てふためいている様が見えるようだった。
 ジニーの話は聞くに堪えるモノじゃないが、この反応だけはいつも楽しませてもらっている。ここまで大げさな反応をしてくれる人は、少なくとも僕の生きた十六年の間にはいなかったから。
 ようやく落ち着いたのか、ジニーは再び日記を覗き込む。羽ペンを握った手が心なしか震えているようだ。
『トムにはなんでもすぐ言い当てられちゃう。そう、ハリーにあげようと思ったの。
 でも……ね、男の人って甘いもの、好きなのかな? うちのお兄ちゃん達は甘いもの好きなんだけど、それってうちの家族が甘党だからかもしれないし……。
 他の人にも訊いてみようと思ったんだけど、こんなこと誰に訊けばいいか分からないし、なんだか恥ずかしくって……』
『それで僕に?』
 姿が見えない分、ジニーの僕に対する警戒心は薄い。他の人には言えない秘密も僕に打ち明けることで、それは十分に証明されている。ジニーの信頼を得ることは、彼女の心を惹くことで、ひいては彼女の魂を取り入れやすくなる。それは僕にとって願ってもないことだ。
 だが…――何故だろう。胸がキリリと痛んだ。まさか今さら罪悪感を感じてでもいるのか? 一途な信頼を踏みにじり、彼女を利用し続けることに。
『トム?』
 どうしたの、と言いたげにジニーは問われ、ようやく自分が黙っていたことに気づく。
『……そうだね。僕は好き、だったよ』
 自然と幾分いつもより優しい気持ちになっていた。
『前にも話した通り、僕は小さな孤児院で育ったからね。チョコレートなんて、年に何度食べられるかっていうくらいだったんだ。たまに口にするものだから、いっそうおいしく感じていたのかもしれないな』
 貧しい孤児院では甘いものを口にする機会はそうそうなかった。ホグワーツに入学すると、そんなものも食べ放題になったけれど、幼い頃に食べた安っぽいお菓子の方がおいしく感じるのがいつも不思議だった。
 日記の媒体となったこの身では、もう二度とその甘さを感じることもできないだろうが…――
 ジニーはふと押し黙ると、僕から離れていく気配がした。訊くことを訊いて満足したんだろう。
 だが、ジニーはすぐに戻ってきた。何やら白い湯気の立つ、温かなマグカップを片手に持って。
『……ジニー?』
 ポタ…ポタ…――何かの雫が落ちるたび、温かなものが僕の中に広がっていく。
『あのね、もうトムはチョコレート食べれなくなっちゃったでしょ。でも、これなら【感じられる】かなって思ったの』
 インクの代わりに染みてくるのはホットチョコレートの温かさ。
『あたし、トムのこと大好きだから、トムにもチョコレートをあげたかったの』
 甘い響きが心に満ちる。伝わるはずのない味覚に、心に、ほんのりと柔らかな甘さが伝わってくる。ああ、きっと今、僕が感じているのは彼女の甘さ……なんだろうな。

(2003/11/13)