宙に浮かび上がる無数のジャック・オ・ランタンが、雷鳴の轟きに揺すぶられるように動きながら、暗がりに控えたコウモリ達と一緒に生徒達を見下ろしている。たばしる閃光に照らしだされて濃い影が落ち、空洞の目が、口が、確かな意思を持った生き物のようにえる。
ドラコは昔からハロウィーンが嫌いだった。アイルランドを発祥とするこの行事は、本来死んだ人間が現世に戻り、辺りをそぞろ歩く薄気味悪い夜なのだというのに、それを祭のように祝う神経が理解できない。マグルよりも身近であるとはいえ、冷たい影だけのゴーストという存在を得体の知れないモノとしか考えられなかった。関わりあえば、自分までもこの世にあらざるモノとなってしまいそうで恐ろしかった。
パンパンッ――ダンブルドアの手を叩く音が響き渡った瞬間、ドラコは椅子の上で跳ね上がった。頭上に目を奪われきっていた自分に気づき、ドラコは決まり悪く身体をもじもじさせながら横を窺った。いつものように両側を固めたクラッブとゴイル、当然のように向かいに腰かけてきたパンジー、寮生の誰にも自分のビクついたところを見られていなかったらしい。ドラコは安心して、壇上に目を向けた。
「さて、諸君。待ちに待ったハロウィーンの宴じゃ。日頃のウサ晴らしに、食べて、飲んで、歌って存分に楽しもうぞ」
その言葉を合図に、ポンポンと軽快な音を立てて金の皿、高坏にのったご馳走がテーブルに次々と現われた。
歓声を上げながら、皆が先を急いで手を伸ばす中、ドラコはふとグリフィンドールのテーブルに目を移した。こんなパーティーの時でも彼女が一人でいるのか気になったのだ。できることなら、このテーブルに呼び寄せてやりたいが…――けれど、端から端まで順に追っていっても、ハーマイオニー・グレンジャーの姿は何処にもなかった。
(なんだ…? 何処いったんだ、あいつ……具合でも悪いのか?)
あんなにハロウィーン・パーティーを楽しみにしていたというのに。ドラコは自分の皿に切り分けられたパンプキン・パイを無意識のうちに手を伸ばし、頬張った。パサパサの生地の破片が息を吸った瞬間、器官に入りそうになり、ゲホゲホとむせる。
「大丈夫?」
差しだされたグラスをひったくるように取ると、ドラコは急いで飲もうとした。けれど、まだ喉が異物を吐きだそうと頑張っている時に新たなものを注ぎ込むのは逆効果でしかなく、両手で口を塞いで咳き込んだ。目から涙がでてくる。
「ドラコったら。慌てて食べるからよ」
「……慌てた…、ワケじゃあ、ない」
ゴホンともう一度咳払いをして、発作を治めた。顔が真っ赤になっているのが自分でも分かった。息苦しさだけではなく、皆に醜態を見せてしまったことが恥ずかしくてならない。ヘーイ、ドラコ、大丈夫か? 離れた席からも訊いてくる連中に手を振って応えながら、ドラコはもう一度グリフィンドールのテーブルに目を移した。ハリー・ポッターとロン・ウィーズリー、宿敵の彼らにまで見られていたとあっては恥ずかしいどころの騒ぎではない。けれど、幸運なことにそちらまでは騒ぎが届かなかったようだ。その二人は何やら深刻そうな顔つきで、顔を寄せ合うように話し込んでいた。
「こんな楽しいパーティーの時にまで、あんな連中かまう必要ないじゃない」
不機嫌そうに唇を尖らせながら、パンジーが言う。
「折角なんだから、もっと楽しみましょうよ。ね?」
「楽しむ、か。なあ、パンジー。君、このところ食事は僕達ととっているけど、友達は放っておいていいのかい?」
「別に放っておいてるわけじゃ、ないけど……いいの。私、ドラコと話がしたいのよ」
パンジーが傷ついたような目を見せた。
ドラコは彼女とする話がそこまで楽しいものとは感じられなかった。パンジーの話す今流行りの雑誌や占いなどドラコにはなんの興味も呼び覚まさなかった。同様にドラコの中世の詩や絵画、音楽の話題は、彼女にとって理解できないものであっただろう。話をしていても噛みあわない。互いに理解をすることができない。
唯一共有できるものとすればハリー・ポッターやロン・ウィーズリー、学内の誰かに関することだけだったが、盛り上がる話が人の批判だけでは虚しい。いや、ドラコも以前はそれを楽しんでいた。
けれど、ハーマイオニーに「人をこけ下ろすよりも自分を高めろ」と言われたことがドラコの意識を変えた。人の欠点を責め立てることは簡単だが、それでは自分自身は何も変わらない。自らの欠点も見つめ直さなくては、いつまでも、なんの成長もできない。
「ドラコは私といるのが嫌……?」
目を潤ませながらささやくパンジーに、ドラコは咄嗟に返答ができなかった。嫌ではない。彼女のことが嫌いなわけではないのだ。けれど…――
パンジーは唇を震わせて、うつむいた。周囲のざわめきが聞こえないほど、ドラコは答えに窮していた。勝気なパンジーが涙をこぼしただけでも、動揺を誘うには十分だった。何をどう言えばいいのか、分からない。何も考えずに横でガツガツと料理を食べ漁っているクラッブかゴイルとこの瞬間入れ替わりたいと本気で願った。
その時だった。こけつまろびつ大広間に飛び込んできたクィレル教授が、息も絶え絶えに叫んだ。
「トロールが…! 地下室に……お知らせ、せねば…、と……」
前のめりに倒れ込んだ教授の言葉に、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。料理を放りだして逃げだそうとする生徒達が一斉に椅子を蹴り、入り口に殺到しようとする。
ドラコも反射的に立ち上がった。獰猛さで知られるトロールが学内に。危ない、早く逃げなければ…――
「パンジー!」
背を向けかけたドラコが、まだテーブルに突っ伏している彼女を呼ぶと、ビクンと肩を震わせた。濡れた目が縋るようにドラコを見上げる。
「立てよ。逃げなきゃ……早く!」
パンジーはそれでも動かない。ドラコは痺れを切らして、テーブルを飛び越えて彼女の肩をつかんだ。
「逃げるんだ! 死にたいのか!?」
ドラコは半ば引きずるようにして彼女を入り口に向かう生徒達の流れに引き入れると、はぐれないように握った手にしっかりと力をこめた。
ドラコはその時、自分のことと、そしてパンジーのことで頭がいっぱいになって、姿のないハーマイオニー・グレンジャーのことをすっかり忘れてしまっていた。まさか、この日を最後に自分の力で手に入れた初めての【友達】を失うことになるとは思いもしなかった。