ドラコは窓の縁にもたれるように片肘をつき、矢のように駆け抜けていく風景を眺めていた。別段何か面白いものが見えるわけではない。ただ、なんの話をするでもなく持ち寄ったお菓子を貪り続けているクラッブとゴイルに注意を払うよりは、のどかな田園風景でも見ていた方が遥かにマシだったからだ。
まったくいつまで食べ続けている気だ? 外を見続けていても相変わらずパリパリ、バリバリ、ペチャペチャ、グチャグチャとうるさい音が嫌でも耳に入ってくる。一度チラと見た時は口や指についたカスをボロボロ下にこぼしていた。まったく卑しい食べ方だと眉を顰めずにいられない。
「いただき」
ゴイルが鈍そうな見かけからは想像もできないようなすばしっこさで最後の蛙チョコレートを掠め取ったまさにその時だった。コンパートメントをノックして丸顔の男の子が顔を覗かせたのは。
三人の視線が集中したせいか、男の子の顔にサッと緊張が走った。花の間を飛び移る蝶のように視線を彷徨わせいたが、やがておずおずと口を開いた。
「あ…、あの……僕のヒキガエル、見なかった?」
別に睨んだりしたわけではないが、クラッブとゴイルのがっしりとした体格のせいか、男の子は今にも腰を抜かしそうになるのを必死でこらえているように見えた。退屈しきっていたドラコは震える男の子を上から下まで見回してニヤリと笑った。からかいがいのありそうな奴だ。
「君まだそんな流行遅れのペットなんか飼ってるのかい? 信じられないな」
男の子の顔がサッとピンクになった。クラッブとゴイルが大口を開いてゲラゲラと笑いだすと一層赤くなり、今にも泣き出しそうだった。
大きく見開いた目が女の子みたいだ。何も言い返せないのか、意気地なしめ。
男の子は涙がこぼれ落ちる前に慌ててコンパートメントから引き返そうとした。ドアの陰に消えたと思った途端、何かにぶち当たったらしい。派手な音を立てて尻もちをつくのが見えた。
「いったぁ……あ、ネビル? どうしたの?」
はきはきとした声だった。声の感じからして多分女の子だと思う。気遣わしげな声を遮って、男の子がガバッと立ち上がった。
「な、なんでもない…! ごめんねっ」
「ちょっと、ネビル!?」
男の子の足音が遠ざかると、入れ替わりにフワフワした栗色の髪の女の子が顔を覗かせた。真新しい制服のローブには、まだ寮章が入っていない。同じ入学生だと見当をつけた。両腕を組んで椅子に座ったままの三人を見下ろす顔には威厳のようなものが漂っていて、なんとなく落ち着かない気分にさせられた。
「あなた達、ネビルに何したの?」
静かに、ただ一言。たったそれだけなのに空気が張り詰めた。
クラッブとゴイルはピタリと笑うのをやめた。自分達ではどう対処すればいいのか分からないらしい。ドラコは二人の視線を受けて肩を竦めた。
「別に。ヒキガエルを見なかったかって訊かれたから、知らないと言っただけだけど?」
女の子は僅かに目を見開いたが、また居丈高な口調で言った。
「何もしてないなら、なんでそこの二人は笑い転げてたのよ? あなた達がネビルに何かしたんじゃないの?」
「ちょっとからかっただけで泣く奴の方がどうかしてるんじゃないのか? おまけに自分では何一つ言い返せず、女に尻拭いさせるなんてね。ああいう情けないヤツが入学できるようじゃ、ホグワーツもおしまいだねえ」
女の子は少しも怯まずに睨みつけ、さも許せない悪徳とばかりにクラッブとゴイルの黒マントに目立つお菓子のカスに目をやった。顔にありありと浮かべた嫌悪と軽蔑の表情を隠そうともしない。
「人を卑下することしかできない人達より遥かにマシだと思うわ。馬鹿みたいにはしゃいでないで、少し静かになさったら? 学校でもその調子だとすぐ減点されるわよ。あなた達と同じ寮にならないことを祈るわ」
言い返す間もなく、女の子はサッとローブを翻すと、後ろ手でドアを叩きつけるようにしてコンパートメントを出て行った。ポカンと口を開いたままのクラッブとゴイルはその音でようやく我に返ったようだった。顔を見合わせて、のろのろと言う。
「なんなんだ、あいつ……生意気だよな?」
「こっちこそ同じ寮なんて願い下げだ。あんなのがいたらうるさいだけだよ。まあ、あいつみたいのが高貴なスリザリン寮に入れるはずないけど。なあ、君もそう思うだろ?」
「……ん、ああ、そうだな」
女の子がでていったドアの方を見ながら、おざなりな返事を返した。
クラッブとゴイルはあまりに素っ気ない反応に首をかしげながらも、これからのことについて話し出した。食べるものを食べたら、することがなくなったんだろう。
あのハリー・ポッターも今年入学することらしい。一体どんな奴なんだろう。彼はスリザリンに入るだろうか…――二人の話題そっちのけで、ドラコはさっきの女の子のことを考えていた。
(さっきのヒキガエル探しのヤツ。いかにも鈍くさそうで間抜けっぽい奴だったけど……自分のためにあれだけ怒ってくれる友達がいるのか)
ドラコは自分のことを考えてみた。クラッブとゴイルが誰かに馬鹿にされたとして、あんな風に怒るだろうか。逆ならどうだろう? 二人は自分のために怒ってくれるか。
答えはノーだ。親に決められた友達なんて、本当の友達じゃない。
そこまで考えた時、何か言いようもない寂しさが全身を襲った。なんでも持っていると思っていた自分にないもの。ドラコはようやくその存在に気がついた。
(2002/12/27)