完璧な人間

 試験の結果が張りだされるたび、僕は打ちのめされる。日頃から予習・復習を怠ったことはない。脇目も振らずに勉学に専念し、試験の直前となると睡眠時間を削って取り組んでいた。なのに、結果はいつも同じ。僕の名前はトップに書かれない。全教科満点の成績をとったとしても、あいつがさらに上の点数をとってしまうのだ。
「よっ、残念だったなあ、ガリ勉バーティちゃん」
 呆然と立ち尽くす僕に気づいたスリザリンの連中が、にやにやと笑っている。
「おっしいじゃねーか。今回は合計で三十点差。何点ずつか、差は縮まってきてるじゃねーの」
「うんうん。この調子でいきゃ、レグルスを抜けるかもしれないぜ? 次の次の次くらいにさ」
「おいおいおいっ、首席の判定は今回の試験結果だろうが」
「おおっと、そっかー。そりゃ、また失敬」
 ドッと沸いた連中を一睨みしてやったが、奴らは少しも怯まない。ポケットに手を突っ込んだまま、嫌みったらしい笑いを浮かべている。
「邪魔だ、退けよっ」
 壁のように立ちはだかる連中の間をかいくぐろうとすると、肩を小突かれた。よろける僕を見て、連中の笑いは高まった。
「けっ、親父が次期魔法省大臣だからってお高くとまってんなよ! 勉強だけしか能がねーくせに、それさえもレグルスに負けてる出来損ないじゃねーか」
「黙れ! 確かに僕はブラックに負けたが、お前達に負けたわけじゃないッ。他人の手柄を嵩に着るような奴に馬鹿にされる筋合いはない!!」
「んだとぉっ……」
 咄嗟に殴りかかってきた奴の拳を避けたまではいいが、二人目に向かってきた奴のパンチが思いっきりみぞおちに入った。壁に叩きつけられた衝動で、酸っぱいものが込み上げてきた。
 口を覆った瞬間、影が落ちる。次の瞬間、額が床に打ちつけられた。連中の誰かだろう。恐ろしく大きな手が僕の頭を押さえつけていて、床にこすりつけるようにしている。
「へっ、弱っちいクセに口だけは一人前だよなあバーティちゃん? どうだ、うちに帰ってパパに言いつけるか? あいつら、ひどいんだよ、パパやっつけてってな!」
「おい! 何してるんだ!!」
 怒鳴り声と共に、頭を押さえつけていた手がなくなった。荒々しい靴音を立ててやってくるのは、やっぱりあいつだった。
「よう、レグルス」
 片手を上げて歓迎する仲間を、レグルス・ブラックがジロリと睨みつける。
「馬鹿が。また、こんなくだらないことを。彼にかまうなとあれほど言ってただろう」
「おいおい、君を馬鹿にするから、俺達代わりに怒ってやったんだぜ?」
 すごみ方に恐れをなしたのか、こわごわと続ける仲間達に、ブラックは「もういい」と追い払う仕草をした。
「今度こんなくだらないことをやったら、俺がお前達に同じことをしてやる……いいな。もう二度とは言わない。いけ」
 仲間達がバタバタと走り去っていくと、ブラックは溜め息をつき、座り込んだままの僕の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か、クラウチ?」
「……余計なことを」
 いかにも心配そうな顔で、「大丈夫か」だって? こつはいつもそうだ。自分の手下をちゃんとしつけておかず、奴らが危害を加えた後になってこうして駆けつけてくる。自分は悪くない。弱い者いじめなんて許さないって偽善者ヅラをして。
「悪かったよ。本当に……医務室に連れていく。おでこに血がにじんでる」
「大きなお世話だ、放っとけ!」
「クラウチ」
 頭がくらくらした。がっつりと打ったせいだろう。壁に手をつくと、ブラックが肩を貸そうとしてきた。その瞬間、今までなんとか抑えてきた感情があふれでた。
「いつも余裕の顔して、なんでもこなして……正義感にもあふれて、友人にも好かれてて、完璧な人間だって主張して」
 何故こんな奴がいるんだ。こいつさえいなきゃ、僕はこんな惨めな思いを味わうことはなかった。試験で一位になってお父さまを喜ばせることができた。自分が出来損ないだなんて思わずにすんだ。
 ブラックは意味が分からない、というように怪訝な顔をする。
「俺が、完璧な人間?」
「ああ! いつも威張り散らして歩いてるじゃないかっ」
「誤解だ、クラウチ。俺は一度だって自分をそんな風に思ったことはない」
 静かなブラックの声だった。
「俺は……俺も君と同じだ。家の名誉のために、血のにじむような思いをしながらここでの生活を送っていたんだ」
 なんて白々しい嘘なんだ。自分の才能を認めずに、まるで慰めるようなことを言う。どれだけ努力してもついに追いつけなかった者に、自分の才能を貶めるような物言いをするのは侮辱に他ならない。
 悔しいというよりも、もっとドス黒い感情が身体に渦巻く。その感情をこれ以上吐露しないよう、ブラックに背を向けた。

(2006/01/06)