夕刻で賑わう寮の入り口に立つと、セブルス・スネイプは腕を組んだ。猫背で生気のない顔色の彼は、そうするとまるで腹痛をこらえているように見える。
ふうと息を吐いてドアを押し開けた。談話室中の視線が一斉に集まり、シンと静まり返った直後、忍び笑いが広がった。スネイプは硬い表情をそのままに、足早に彼らの間を歩いていった。一挙手一投足見逃すまいと周囲の視線は絡まりつくように彼を追っていた。
純血を重んじるスリザリンでは混血やマグル出自の生徒は蔑視される。スネイプの母親は純血のプリンス家の生まれだが、父親はマグルだ。苗字から純血ではないことは知られてしまった。おまけに貧しい彼には学用品を揃えるのも苦労し、中古のローブはボロボロで見るからにみすぼらしい。奇妙な風体ではどんなに打ち解けようと努力したところで笑いものになるばかりだった。彼が心を許せるのは幼なじみのリリーだけだったが、【穢れた血】の彼女と一緒にいることでさらなるマイナス評価を招いていた。
男子寮のドアを後ろ手に閉めると、スネイプの張り詰めた身体から力が抜けた。暗くジメジメとした階段を下りていき、自室に辿り着くと目頭を押さえて中に滑り込んだ。
「お帰り、セブルス・スネイプ」
スネイプはハッと目を上げた。無意識のうちに握りしめた杖を取りだし、振り上げかけた。が…――
「……ミスター・マルフォイ?」
監督生のルシウス・マルフォイだった。名門マルフォイの嫡子で、容姿端麗で頭脳明晰。教授達からの覚えもめでたく、誰彼となく慕われていた。スネイプは顔をしかめた。自分が決して持ち得ないものばかり持っている彼にむらむらと憎悪が湧き上がってくる。
「不法侵入者には容赦ないというわけか。だがね、スネイプ。お忘れかもしれないが、監督生には抜き打ちで寮生の部屋を立ち入り検査する義務があるのだよ」
スネイプは唇を引き結んだまま、杖を下ろした。
「それで。怪しいものでも見つけましたか」
「いいや。君はまったくの模範生だね。思春期の少年とは思えないほど整いすぎた部屋だ。面白いものなど一つもありはしない」
「では、もう出て行ってくださいませんか」
机を撫でながら婉然と笑うマルフォイに、スネイプは口調だけは丁寧に言った。けれど、マルフォイは感情を害した素振りなど見せなかった。
「今日もまたポッターとブラックにやられたのだろう。何処を痛めつけられた。身体か?」
「触るなッ」
スイと歩み寄り、ローブに手をかけたマルフォイの手を振り払ってスネイプは後退った。両腕で庇うように襟元をかき合わせる仕草に、マルフォイはおかしくてたまらないというように喉を鳴らした。
「そんなに身体を見られることが怖いのか」
「うるさい、出て行け!」
肩で息をするスネイプとは対照的に、マルフォイは落ち着き払っていた。
「言って聞かせてやろうか、あの二人に……そうすれば、君は二度とあいつらから痛めつけられることはない」
「お断りだ。自分の世話くらい、自分で見れます……出て行ってください」
「君は今に殺されかねないぞ? あの馬鹿共は力加減を知らないのだからな」
「あんな奴ら……! 一対一では決して負けたりしません」
スネイプは苛々と言った。ホグワーツ特急で出会って以来、ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックの二人組は事あるごとにスネイプに絡むようになった。それも決まって二人一緒に仕掛けてくるのだ。卑怯としか言いようがない。
「君はまるでグリフィンドールのようなことを言うな。一対一? 何故騎士道精神を重んじる奴らが、そうしないのだと思っている?」
「僕に負かされるのが怖いんでしょう」
何を分かりきったことを、とスネイプは思った。彼は自分の呪いの実力に自信を持っていた。ホグワーツ入学前から、卒業生でもできないような呪文を知り尽くし、かつ扱える者など自分以外にいないだろうと確信していた。それだけがつらいことだけで満ちているような人生の中で唯一縋れるものだった。
けれど、マルフォイはゆっくりと首を振った。
「違うな。奴らが決闘に臨まないのは、君を実力の切迫したものだと認めていない証拠だ。君を一段下だとみなしているからこそ、卑怯な手口を使っても気が咎めないのだ」
「……僕が、あんな奴らに劣る?」
「少なくとも、奴らはそう思っているのだろうな」
スネイプの青ざめた顔が歪むのを見て、マルフォイはつけたした。
「私はそうは思わないが。君には力がある……群を抜く力が。まだ皆気づいていないだろう。だが、君はいつか誰をも認めさせる力をつけられるだろう」
スネイプは目を見開いた。自分の力を正当に評価したのは教授を除けば彼がはじめてだった。
行きがけの駄賃に肩をポンと叩くと、マルフォイは部屋を出て行った。スネイプは疑わしげな眼差しで彼の後ろ姿を見送った。
(2005/03/06)