At The Crossroad

 仏頂面のまま、モリーは壁際に突っ立っていた。両腕を組み、目の前を優雅なステップを踏みながら行き来する男女を見てフンッと鼻を鳴らす。
 一見興味なさそうなその態度だが、じっくりと観察していれば単にそう装っているだけなのが分かる。ピンヒールを履いた靴はコツコツと小さく床を打っていたし、その視線は飽くことなくダンスの輪に注がれているのだから。
 今日はホグワーツ卒業生の別れのパーティーだった。上級生と、彼らに誘いを受けた幸運な下級生達が出席を許される。
 モリーはこの卒業パーティーを数ヶ月以上前から楽しみにしていた。婚約者であるアーサー・ウィーズリーにも連絡を取り、彼がこのパーティーに出席できるように手を尽くした。三年前にホグワーツを巣立ち、現在魔法省に勤めているアーサーの出席を、何事にも鷹揚なダンブルドアが拒むはずもなかったのだが。
 けれど、そのアーサーが今日になって突然急な仕事が入って出席できないと連絡を寄越してきたのだ。仕事でこられないのは仕方ない。けれど、よりにもよって、ダンスのカードを提出してしまった後で連絡がくるなんて。モリーは地団太を踏みたいほど悔しかった。ダンスのパートナーは混乱を避けるため、事前にカードで申告することが通例であった。そのため、今や壁際にいるのはモリーただ一人くらいなものだ。
 俺が一緒にいてやるから元気をだせよ、姉さん――そんな調子のいいことをいっていた弟のフェービアンも恋人の姿が見えるや否や、いなくなってしまった。
 折角の晴れの舞台に、皆が楽しんでいる中、自分だけがどうしてこんなみじめなんだろう。勝気な瞳に、ふっと暗い影が差した。
「やあ、プルウェット」
「……マルフォイ」
 いつの間にか、隣りにはルシウス・マルフォイが立っていた。彼はモリーより二つ年下だったが、彼女より頭一つ分は背が高い。見上げるようにしなければならないのが、彼女の癪に障った。
 ルシウスは薄い唇に嫌みったらしい笑みを浮かべていた。少なくとも、モリーにはそう見えた。
「君が壁の花とは意外だな」
「何か用? 私としては、あなたにこれ以上用はないのだけれど」
「つれないな。ホグワーツ入学して以来、僕のことを追い回していたくせに」
 抜け抜けと、そんなことを言うルシウスにモリーは眉をつり上げた。
「あなたの問題行動を諌めるためよ、マルフォイ。いつも弱いものイジメばかりして……少しは大人になったらどうなの? 監督生になったっていうのに下級生がかわいそうすぎるわ」
「僕は、少なくともニワトリみたいにトサカを立てて追いかけ回したりはしない。ウケはいいと思うよ」
 ニヤリと笑いながら、ルシウスは信じられない言葉を続けた。
「踊らないか、プルウェット?」
「え? 何?」
「踊らないかと言っている」
 モリーは怪訝な顔をしながら、踊るという言葉に何か他の意味があったかと一瞬考え込んだ。
 手を取ったマルフォイの言いなりになってたまるかと、グッと足に力を入れて踏み留まる。
「何を企んでいるの、マルフォイ?」
「何も企んでいやしない。こいよ、次の曲が始まる」
 マルフォイの力に抗ったままでいると、ピンヒールのかかとが突っ張ってきたのが分かった。これ以上粘っていたら、折れて、格好がつかなくなるかもしれない。そこで、モリーは手を引かれるままに渋々歩き始めた。ルシウスが相手では油断できなかったが、少なくとも人目の多いこんな場所で大それた悪戯をされるはずがないだろうと自分に言い聞かせて。
 周囲の視線が集まるのが、はっきりと分かった。グリフィンドールの監督生と、スリザリンの悪ガキの組み合わせなのだから、無理もない。
 ヴァイオリンの音が流れだし、ルシウスの手が腰に回された。抗議するよりも先に、ルシウスが言った。
「結婚するんだってな。ウィーズリーと」
「えっ……ええ」
「いつ?」
 薄い色合いの目が、射るように見つめていた。
「卒業したら、すぐにでも……」
 あなたには関係ないでしょう、と言わなかったのは何故だろう。自分のことながら、モリーには分からなかった。そして、ふっと腹に目がいった。フリルのついたローブに隠れた、腹部。彼女は顔を赤らめた。ルシウスも、それきり口を利かなかった。
 長い長い曲が終わりを迎えると、二人は互いに背を向け、正反対の方向に歩いていった。次の曲が演奏される前にと急いでパートナーをチェンジしようとする人でごった返す中、彼らの姿はいとも容易く溶け込んでいった。

(2005/02/19)