LIONHEART
薄紫色に染まった湖の周りを、ジニーはゆっくりと歩いていた。
早朝の静けさに、踏みしめた雪の音がやけに響く。休日とはいえ、こんな時間に外をうろつくのは校則違反だ。先生やフィルチに見つかったら、こっぴどく減点されるに違いない。キュッ、キュッと音がするたび、罪悪感で胸が締めつけられるようだった。
「どうしたら、いいのかな……」
つぶやき、ふっと溜め息を洩らした。
双子の兄達のように、悪戯のために校則を破ろうとしたわけではない。ずっと抱えていた悩みの答えをだせなくて、一人になれる場所と時間を探していた。それがたまたま今日この場所だっただけだ。
全て自分の考えで、何かを選んで、行動する。簡単なようで、なんて難しいんだろう。今まで悩みは誰かに打ち明けてきたから、誰にも言えないのがこんなにもつらいことだと思わなかった。
ホグワーツで起こった恐ろしい事件。その事件を起こしたのが自分で、それをさせていたのが、そう……一時期は兄達のように信じていた【彼】なのだと、ジニーはすぐには信じられなかった。いつも優しく、どんな話でも嬉しそうに聞いてくれ、落ち込んでいる時には励ましてくれた。そんな人をどうして疑えるだろう。
けれど、事件の疑いがハリーに向けられ、そのことを彼に知らせた時の反応。彼は紛れもなく楽しんでいた。今まで見てきた彼とは違う冷酷な一面を突きつけられた。
あの時、あそこに駆け込んでいったのは悲しみのためだったのか、怒りのためだったのかは分からない。気づけば、誰も近寄らないと噂されているトイレに日記を投げ捨てていた。
日記を燃やしてしまえばよかったのに、それができなかった。騙されていたのが分かったのに、それでも彼のことを殺したくはなかった。一緒にいて慰められた記憶の一つ一つが決心を鈍らせていた。
けど、そのせいでハリーまで危険な目にあわせてしまうなんて!
早くハリーに話さなくてはならない。そう思うのに、事件を起こしたのが自分だと知った時のハリーの反応が怖くて、なかなか踏み切れなかった。憧れの人に軽蔑されるのは、その人を失うのと同様につらかった。
(それくらいなら……皆に嫌われるくらいなら、消えたい……逃げたい……)
盈々と水をたたえた湖。穏やかな波が優しく手招いているようだった。ジニーはそれに誘われるようにふらふらと歩きだした。
冷たい水がブーツの隙間から染み込み、針で刺されるような痛みがふくらはぎ全体を覆っていく。自分でも何をしているのか分からないまま、ジニーはさらに足を進めた。水の高さはすでに膝の辺りまできていた。
突如、夢から覚めたようにハッと足をとめた。遠く、対岸のボート乗り場の方に浮き立つ霞が少しずつ金色に染まってきている。夜明けだ。
「きれい……」
ジニーは思わず、吐息を洩らした。
はじめて見るホグワーツでの朝焼けだった。その美しさ、暖かさに思わず涙がにじんでくる。
闇夜を切り開く金色の光。それはグリフィンドールの象徴――獅子のたてがみの色だった。どんな敵にも屈しない、誇り高き百獣の王。
逃げたくない。はじめて心の底からそう思った。今、ここから逃げたくない。自分で仕出かした愚かさのツケを他人に払わせるわけにはいかない。
リドルの日記を始末して、全部皆に打ち明けよう。怖くても、義務から背を向けるような卑怯者にはなりたくない。
ジニーはギュッと手を握り締めると、大急ぎで岸に這い上がった。濡れたローブの裾をしぼると、棒のようになった足を必死に動かし、城に向かって駆けだした。
(2003/10/29)