約束の場所
「ヴォルデモートが世界を征服した後、ドラコがジニーを迎えにいく話」というリクを頂いて書いたもの。設定としてはハリジニ←ドラコ。七巻発売前に妄想したもののため、激しく原作とは設定が違います。最終決戦の勝者がヴォル様なのでご注意ください。
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かつて【ゴドリックの谷】と呼ばれていた小さな村は、廃墟も同然となっていた。窓や壁が破損していない家は、ただの一軒もない。風が吹くたび、砂塵が舞い上がり、そこかしこに散らばった煉瓦の残骸が見え隠れする。牙だらけの鮫の口を思わせる窓の向こうは暗く、何も見えない。ボウボウに伸びた草が、風に揺れて泣いている。
村はずれにある墓地も荒廃を免れてはいなかった。墓地を囲う柵は土にまみれ、木とは異質のものと化している。見舞うものもないのだろう。墓は風雨にさらされ、墓碑銘も読めないような有様だ。
崩れかけた教会の中にいるのはそんな仕打ちに嘆いたゴーストだろうか。ひざまずき、祈りを捧げる後ろ姿は動かない。白い飾り気のないワンピースから覗いた手は陶器のようだった。壊れた屋根の合間から注ぐ光の下で、燃えるような髪だけが際立つ。
「ウィーズリー」
静寂が破られた。いつの間にか戸口に立っていたのは若い男だ。死神のように全身黒づくめで、引きずるように長いマントが彼の背の高さを強調していた。顔の上半分は骸骨のような面に隠されていたが、こわばった口元から緊張が伝わってくる。
聞こえていないのか、少女は振り返らない。男は口を開きかけたが、思い直したように首を振る。大股で少女に歩み寄ると、彼女のすぐ横に立った。
「……久しぶりだ、ウィーズリー」
話しかけられていることは分かっているだろうに、少女は無言だった。両手を組み合わせたまま、目を瞑っている。けれど、その唇が一瞬動きかけたのに目を留め、男は溜め息を吐いた。
「僕とは口も利きたくないってことか……そうだろうな。けど、ここにいたってどうしようもないだろ。ずっと……知らなかった。こんなところにたった一人でいたなんて」
少女は目を開けた。目尻の下がった目の形は優しげだが、毅然とした意思が感じられる。依然として立ち上がろうとはしない少女に、男はもう一度溜め息を吐いた。
「いけよ。こんなところにいちゃ駄目だ」
「あたしはいかない」
「ウィーズリー!」
男が手首をつかもうとすると、少女は身をよじった。身を反らせ、少しでも男から遠ざかろうとする。
「……邪魔しないで、マルフォイ! あたしはここにいなきゃならないの!」
「ウィーズリー、君はッ……」
男の手が素早く少女に伸びた。少女は子供のように床に縮こまり、頭を抱えた。
少女を見下ろし、男はおもむろに仮面に手をやった。禍々しい骸骨の仮面と、フードを取ると、彫刻のように整った目鼻立ちが現れる。何処か人形めいた端正な顔立ちが、痛ましげに歪んでいる。
男はそっと少女を包み込み、ささやいた。
「分かっているのか? ……君はもう死んでるんだ」
少女は顔を上げ、男の目を見た。哀れみの色の濃い、青灰色の目を。そして彼の手が触れた腕を見て、息を呑んだ。彼のローブの袖は少女の身体をすり抜け、垂れていたのだ。
少女は震える両手で男に手を伸ばした。彼の顔に触れる寸前で、自分の両手からもやのように淡い光が洩れていることに気づいたのだろう。少女はああ、と呻いた。
「あたし、ゴーストになってたの……?」
「死んだ瞬間のことは覚えているか?」
少女はしばし黙り込んだ後、首を振った。まだ何処か信じられないのか、両の手のひらを見下ろしながら。
「残党狩り……だろうな、不死鳥の騎士団に加わっていた者は全て殺されたと聞いた」
「全て? そう、あたしの家族は……他にも誰かゴーストになった? あたしみたいに」
「いや。君だけだ」
少女の目にほんの一瞬きらめいた光はすぐにかき消えた。生あるものとしてではなくても、家族と再会できれば…――希望はすぐに絶たれてしまった。
「あたしは一人ぼっちなのね。この先も……ずっと一人」
「ゴーストとして、この世に留まっている限りは、な……何故残ったんだ」
「残った……? あたしが? 気づいたら、ここにいたのよ」
「さっき言ったじゃないか。『あたしはいかない』って。なんのために、ここにいる? 何をしてたんだ?」
少女は難題を突きつけられた子供のように、呆然と男を見た。考え込むように小首をかしげながら、
「……祈ってたの」
「誰のために?」
「誰の……? それは…、あの人のため……無事でいますように。生きて戻ってきてくれますようにって……あたしができるのは、それだけだった。だって、言われたんだもの……ヴォルデモートはあたしを狙うから。あたしの死を見たくない。だから、くるなって……いきたかったのに。一緒にいきたかった……」
「誰と? ジニー、名前を言えッ」
いきなり怒鳴りつけられたショックからか、ぽっかりと開いた少女の唇が震えだした。
「ハリー……そう、ハリーよ。ハリーだわ。
どうして…、あたし、どうしてこんなことを忘れていたの……? ここにいなきゃって…、ただそれだけしか思いだせなかった……何かがあるはず。大事な何かがあったはずって、それだけしか」
「約束したからだろ、ポッターと」
男は少女の前に手を差しだした。軽く握っている手を、少女は訝しげに見つめる。そっと開かれた手のひらには指輪があった。ライト・グリーンのペリドットをあしらった、金の指輪が。
少女はおそるおそる手を伸ばした。その指先が触れた途端、少女の目から涙があふれでた。
「……そう、約束してたのよ。ここで逢おうって。全てが終わったら、ここで……もう二度と離れないって」
「七年だ。ポッターも待ち侘びてるだろうよ」
少女の姿がにわかに薄れていった。赤と金の陽光に溶け込むように。少女は立ち上がり、男を見上げた。涙を拭うと、笑いかけた。
「ありがとう、マルフォイ。ありがとう……」
言い終える前に、少女の姿は見えなくなっていた。男は指輪を握り締め、目を瞑った。骸骨の仮面をつけたのは何を隠すためだろうか。ただ、その口元は満足げに笑んでいる。
「今度こそ幸せに、ジニー……」
(2007/01/07)