息子と娘
紹介したい女性がいる、と息子が言ってきたのはつい先日前のことだ。ドラコも今年で十七。そういった女性がいても不思議はない。私もナルシッサが卒業すると同時に彼女を娶ったのだから、年のことでとやかく反対するつもりはない。問題は……そう、相手があのウィーズリーの娘だということにある。
アーサー・ウィーズリーの娘とは【あの方】の日記を忍ばせた時に会ったことがある。我が息子の美的センスを疑わずにはいられない。あのような貧相な小娘の何を気に入ったのか。純潔……じゃなかった、純血か? 身体か?
モリー・プルウェットのふくよかな身体は確かに抱き心地がよさそうだった。学生時代は今ほど太っていなくて、グラマラスな魅力で学校中の男共の視線を奪っていたしな。ナルシッサの胸もあれほどあったら文句なかったのだが。その点だけは、ウィーズリーの奴が羨ましかった。ナルシッサのパッドで盛り上げたバストに目を移すと、思わず溜息が洩れる。結婚した後に気づき、詐欺にあったような気持ちにさせられたものだ。
ナルシッサは溜息を聞き咎め、
「あなた、この上まだ反対なさる気ではないでしょうね?」
あの馬鹿げたクソ犬シリウス・ブラックはスレンダーが魅力だと思っていたらしいが、やはり女は巨乳だ――ナルシッサの問いに頷きつつ、そんなことを思った。
「反対するに決まっているだろう。君は平気なのかね? この高貴なマルフォイの血に、あのウィーズリーが混ざるのだぞ」
「わたくしはドラコが選んだ相手なら反対はしません。ドラコが間違った選択をするとは思えませんもの」
「親馬鹿だな。君がそんな風だから、ドラコがあんな軟弱な子供になったのだ」
「豪胆でアズカバン送りになるよりは遥かにマシだと思いますわ」
澄まし返って言うナルシッサに応酬しようとした時だった。暖炉の炎が天井に届かんばかりに燃え上がり、黄色い中心部から人影が飛びだしてきた。
「ただいま戻りました。父上、母上、お久しぶりです」
乱れた髪をかき上げて言う息子はここ二、三年の間に気味が悪いほど私に似てきた。背に隠れるように立っていた女性を前に押しやると、彼女の白い顔がポッと赤くなった。女性というよりは、少女だ。ドラコより頭一つは確実に小さい。
「父のルシウスに、母のナルシッサだ」
ドラコから紹介を受けると戸惑ったように目をパチパチさせながら、前に進みでた。
「こんにちは。あの、あたし、ジニー・ウィーズリーです。今まで何度かお目にかかったことがあると思いますけど……」
「父上。威嚇しないでください」
威嚇? 注視しているだけで威嚇とは、ドラコめ、失礼な奴だ。
「ようこそ、ミス・ウィーズリー。ジニーと呼んでもいいかしら? きづらいところによくおいでくださったわね。お父さまとお母さまは元気かしら?」
「ええ、ありがとうございます」
ナルシッサに向けた笑みが、私を見た途端パッと消えてしまった。何故だ。
「父上……睨むのはやめてくださいと申し上げたはずですが。両家の確執など、もうどうだっていいでしょう。僕はジニーを愛しているし、彼女以外の相手を考えるなんてできない。ジニーだってそうです。マグルの悲恋のように、僕達を駆け落ちにまで追いやろうというわけではないでしょう?」
「そうよ。あなた、大人気ないですわ。まさか、まだあのフロリーシュ・ブロッツで『毒キノコ百科』でぶたれたことを根に持っているのではないでしょうね?」
畳みかけるように言う二人の顔を見比べ、ジニーは決心したように口を開いた。
「あの……お義父さま。昔、父がしたことは謝ります……お義父さまも、うちの父も、それぞれの立場を守るために敵対を続けてきました。その過去を全く消し去ることはできないかもしれません。
でも、あたし……あたしはドラコとそういった昔からのわだかまりを。両家を隔てていた壁を低くしていきたいんです。ひいてはそれが魔法界のためとなっていくはず。
どうか、あたし達の結婚を許してください……お願いします!」
そう言って頭を下げた。ドラコとナルシッサがそんなことをする必要はないと横でわめき散らしていたが、彼女はそのままでいた。私からどんな反応が返ってくるのかを恐れているのだろう。肩が僅かに震えていた。
お義父さま――おとうさま。何故だ。その言葉が心地よく耳に響く。震える身体を抱きしめてやりたい衝動に駆られる。
「顔を、上げなさい」
ジニーがゆっくりと顔を上げた。不安げな面持ちだ。涙に濡れた睫毛がひどく可憐だった。
この顔の愛らしさに何故気づけなかったのか。母親に似ず、胸はぺったんこだというのになんと魅力的に見えることか…――
「結婚を許そう。君をマルフォイ家に迎えることを認めよう」
「本当……ですか?」
口元に手を添え、顔がくしゃくしゃに歪んでいく。
「ありがとうございます、お義父さま!」
そう言い、私の胸に飛び込んできたジニー。か、可愛い。婚約していた時のナルシッサでさえ、こんな風に無邪気に抱きついてきはしなかった。
「パパもママもきっと喜んでくれるわ」
ジニーはにっこりと笑ってドラコを振り返った。
く、パパ……アーサーはいつもそんな風に呼んでもらっていたのか。つくづくと羨ましい男だ。ああ、しかし「おとうさま」の響きもなかなかいいからよしとするか。「ダディ」や「おじさま」なんてのも捨てがたい…――
「いつまで抱いているつもりですか、父上?」
ドラコが怪訝な顔で言う。セクハラ親父でも見るような軽蔑した目を向けるのが気に喰わない。
まあ、いいだろう。我が息子はいい楔となってくれた。ジニーをこの家の娘にする、な。今、はじめて思った。ドラコを息子に持ててよかったと。
(2005/10/27)