恋は病に似て
まだ日の昇っていない薄暗い中、ホグワーツ城から続く湖への道に二つの人影があった。ふくらはぎまでうずまってしまうほどの雪を物ともせずに颯爽と歩いていく少年を、少女が必死に追いかけていた。少年の足跡を辿るようにしているが、やはり男と女とでは歩幅が違う。何度もよろめきながらついてくる少女を振り返り、少年はニヤリとした。
「足が短いっていうのは、なかなか苦労するものだねえ……しみじみと思うよ」
「身長が違うもの、仕方ないでしょ!」
ブーツの上部から雪が入り込むのを気にせずに少女は走りだし、少年に並んだ。顎をしゃくり、フンッと鼻を鳴らす。
「なによ、自分だって背が低かったくせに。去年の今頃は今のあたしと同じくらいだったでしょ」
「でも、今はこんなに開きがある」
からかうように続ける少年は、少女より頭一つ分は確実に背が高かった。少女は悔しげに唇を歪める。
「頭がカラッポだと背が伸びるのも早いのね。羨ましいわ、マルフォイ」
「新年早々ご挨拶だな、ウィーズリー。今年も君の毒舌は変わらないようだ」
「まあ! 毒舌はあなたの方でしょ」
拳を振り上げて叫ぶ少女の腕を押さえ、少年は声を立てて笑う。
「言い争いをしてると時間がなくなるな」
「ちょっ、何!?」
不意に抱き上げられ、少女は抗議の悲鳴を上げる。少年はやれやれ、とつぶやきながら歩きだした。
「暴れるな。落とすぞ?」
「落としてよ。自分で歩けるわっ」
「足元を冷やすのはよくないな、ウィーズリー。クィディッチ選手になるつもりなら、身体には気をつけろ……にしても、重いな。見た目の二倍はあるんじゃないか?」
「失礼ね。あなたが非力なのよ」
少女はふくれっ面のまま、少年の首に腕を絡めた。宙ぶらりんの両足をこすり、ブーツの雪を落としながら。粉状の雪が砂塵のように散っていく。
しばらくの間、ギュッギュッと雪を踏みしめる音しか聞こえなかった。唇をへの字に曲げて押し黙る少女を見下ろし、少年は眉をピクピクと動かした。青灰色の目がキュッと細められる。
「ダンスパーティーで君を見た」
「あら、そ」
「だから、何?」とでも言うように挑戦的な少女に、少年はついにこらえ切れなくなったというように噴きだした。
「悪かったよ、そこまで怒るとは思わなかった! さっきのはからかって言っただけだ、そう怒るなって。チビな君は可愛いし、体重だって軽くて軽くて風でも吹けば腕の中からさらわれてしまいそうだ」
「……まだからかわれてるようにしか聞こえないわ」
まだ不機嫌な顔はしていたものの、声の調子は明るい。少年は腕の中の少女を引き上げ、耳元でささやいた。
「年の初めなんだ。何もケンカから始めることはないだろ? あのパーティーで見た君は、なかなかよかった。赤いドレスを着た君は、炎の精を思わせた……きれいだって言ってもいいくらいに。だが、何故ロングボトムの奴と? パーティーにでる気があるなら僕に言えばよかったのに」
「そしたら誘ってくれた?」
「あれだけ化けると分かってたら、誘ったかもな」
「嘘ばっかり」
少女の表情がふっと陰りを帯びる。
「あたし達、いつまでこうしてなきゃいけないのかしらね。周りの目を気にして、こっそりと会うだけ」
「仕方ないさ。親同士の仲があんなんだし……それに、僕自身も君の家の考えには賛成できない。マグル達と平気でつきあうなんて、気が触れてると思う」
「あたしも、おんなじ。純血思想なんて馬鹿みたいだって思ってる。それにしがみついてるあなたも、あなたの家も理解できないの」
「理解できない者同士か。なのに、どうして好きになったんだろうな」
ぽつりと洩らしたその言葉に、少女は首に回した手に力を込め、少年の頬にキスをした。少年の目を見据えたまま、数度頷いてみせる。自分自身に言い聞かせるように。
「病気みたいなものかしら。きっと理由なんか、ないんだわ。いつの間にか感染して熱がでてしまうのよ」
「そうだな。じゃあ、熱が冷めるのはいつなんだろう。それもかかった時と同じく、ある日突然くるのか」
湖のほとりに辿り着くと、ちょうど夜明けの時刻になっていた。薄氷の上に、うっすらと降り積もった雪。遠くの方から青紫の闇が、白みを帯びた金色へと変わっていく。
「ねえ、マルフォイ。さっきの続きなんだけど」
「うん?」
「あたし達の想いは明日冷めるかも分からないわね。でもね、そうなっても、この初日の出を優しい気持ちで思いだせたらなって思うの。嫌な思い出としてじゃなくて、ね」
そう遠くない未来に別れが差し迫っているのを覚悟しているかのような言葉に、少年は苦笑する。
「そうだな。そうできたらいいな」
雲を切り裂き、差し込む光が二人の姿を照らしていく。日の出から互いの顔へと視線を移すと、口づけを交わしあった。
(2005/12/26)