天の川 - 2/4

 秋が深まり、風も少しずつ冷たさを増してきた。先学期末にあれほど閉鎖が危ぶまれたホグワーツだったが、厳しい警備のためか、それとも【あの人】の眼中にないのかどちらかは分からないが、目立った事件は何も起こらなかった。ただ季節の変わり目で風邪が流行し、医務室に通う生徒がポツリポツリといるだけで。
 新聞や、家族からの便りを見る限り、戦況はよく分からなかった。新聞は以前と同じく魔法省の規制を受けているらしい。【あの人】や死喰い人らに善戦をしていると思わせたいがために、正確な情報を握りつぶしているようだった。死者の数や不審な事件は増えていく一方なのに、死喰い人の誰それを逮捕したという報が相次ぐ。家族は家族で、遠く離れたジニーを不安にさせないためか、ことさら明るいニュースばかりを盛り込もうとする。
 そして、ハロウィーンの日のこと。新しく届いた手紙に目を通して、ジニーはうんざりと言い放った。
「パパに部下が五人も増えたとか、あの女が妊娠したなんてどうでもいいニュースいらないのに!」
 羊皮紙を脇に放り投げて、宿題に向き直る。ご馳走でお腹がふくれてしまったら、とても勉強する気になんてなれないだろう。なんとかパーティーが始まる前までに終わらせなければと思っていたのに、なかなかはかどらなかった。
 そんな時、慌しいノックと同時にドアが開けられ、ジニーはイライラと振り返った。宿題の山が一向に減っていかないのに、気が立っていたせいもある。どうぞ、も言わないうちに入ってくるなんてと睨みつけると、小さな女の子がおどおどとした目をまたたいた。新入生だ。
「何っ? どうしたの?」
 つっけんどんに言うと、
「あ、あの……監督生を呼んできてって、校長先生が」
「校長が? なんで?」
「倒れてたんです、あたしの友達が」
「風邪で?」
 そんなことで呼ぶはずがないと思った瞬間、ジニーはスッと背筋が寒くなるのを感じた。少女はふるふると首を振った。青ざめた頬に突如涙が伝った。
「落ち着きなさい! あたし以外の監督生に連絡は?」
「いえ、まだ……誰も見つからなくって……」
「じゃ、いいわ。あたしが校長から詳しい話を聞いてくる。いい? 談話室に戻ってきた生徒には、指示があるまで寮をでないように言うの。分かった?」
 少女が涙をこらえて頷くと、ジニーは階段を駆け下り、談話室を飛びだした。校長室に向かっている途中すれ違った生徒達は、ジニーを不審そうな目で見つめた。事件のことは、まだ大っぴらになっていないのだろう。つまりは何者かに襲われた生徒は、死ぬほどの重傷ではないということだ。
 三階廊下のガーゴイル像に、監督生就任と同時に知らされた合言葉をつぶやくと、秘密の入り口が現れる。うねるような階段に足をかけると、ぐるぐると回りだす。足を全く動かさなくても、上部に運んでくれる魔法がかかっているのだ。
 校長室に呼ばれたのはあの【秘密の部屋】事件の時以来だ、とジニーは思った。もっとも待ち受けているのは、白いあごひげをたっぷりとたくわえた、優しく威厳に満ちた校長ではない。
「ウィーズリー、早かったですね」
 寮監を兼任している新校長は、どんな時にでも悩みを解決してくれる雰囲気を漂わせていたダンブルドアとは違う。マクゴナガルは有能そのものだったし、公平公正で、ジニーの好きな教師の一人だった。けれど、校長室にいる姿にはどうも違和感があった。
 マクゴナガルはひどく青冷めていた。襲われた自分の寮生を心配しているからだろうか。
「マクゴナガル先生。バーンズから事件があったと聞きました。一体何が?」
「ランディ・クローパーが倒れていたのです。体内から多量の血を失ってね」
「失って……? 誰かに切りつけられたってことですか? その…、死喰い人に?」
「死喰い人の可能性は低いでしょう。この城の厳重な警備の目をかいくぐって、他に何もせずに無力な一年生のクローパーだけを狙う理由がない。例え殺すためにしろ、死の呪いを使うだけで十分だったはず。それに、床に垂れていた血はほんの僅かです。なのに体内からは大量の血を抜かれている……これがどういうことなのか。
 ウィーズリー、あなたの巻き込まれた事件を思いだしますね……どういった事件になるのか予想がつかない。不気味です」
「まさか先生は今回の事件にヴォルデモートが関わっているとお考えなんですか?」
 マクゴナガルが咄嗟に口元を覆った。ジニーはそんな怯えの仕草に苛立ちを募らせた。リドルのはずがない。五年間、自分の側にいてくれた少年のことは理解していた。ジニーには分かりきったことだった。
「まさか! リドルはハリーに倒されました。日記帳を串刺しにされて。復活するなんてありえないわ。そうでしょう?
 それにヴォルデモートにしたって、ハリーを追うのに夢中でホグワーツを攻めてくることはないかと思います。少なくとも、ハリーと決着が着くまでは」
 けれど、マクゴナガルにはそれが分かるはずもない。
「【あの人】……ヴォルデモートの考えは誰にも推し量れませんよ、ウィーズリー。詳細は分かりませんが、こんな事件が起こった以上、対策を練らねばなりません。あの【秘密の部屋】事件の時と同じ措置を。集団行動を義務づけ、一人歩きを避けるよう監督生から皆に伝えてください」