ジニー、ジニー、ジニー…――心に繰り返すのは、ひたすら彼女の名。呪文のように、ただ一途に。
リドルは今さらながらに考えが甘すぎたと後悔した。幼いジニーなら暗闇の中の孤独に耐えられるはずがないと。憎い相手だろうと縋りついて助けを請うはずだと思ったのがそもそもの間違いだった。自分だって五十年の長い月日を実の父親とマグルへの怨みで【生きて】きた。それを失念していた。
おそらくはジニーもそうやって沈黙の中を【生きて】いる。他でもない、この自分への怨みと憎しみでもって。
もはや独り言を書き続ける勇気はなかった。
日記帳を閉じると、ジニーの骨を安置したところに近づく。いつものように何一つ変わっていないのを確かめると、ひざまずいて手を差し伸ばす。何度も何度もしてきたことを、今日もまた繰り返そうとした。
応えるはずのない身体に語りかけるのと、答えることのできる【記憶】に語りかけるのは、同じ独り言でも全く違う。前者は最初から割り切っているが、後者は今日こそはもしかしたら口を利いてくれるかもしれないと淡い希望を持ってしまうから。
そして、それは粉々に打ち砕かれてしまった。
「硬くて、冷たい……」
もうリドルはいつもと同じ甘い言葉を吐けなかった。ポツリとつぶやく背は寂しさに満ちあふれていた。
「ジニー……君の手は温かくて柔らかかったよ。
夜中、そっと抜けだして寝ている君の顔を覗いたことがあるんだ……いい夢でも見ていたのか、幸せそうに笑っていた。妬ましくなるくらいにね。
くだらないことばかり話す子だって思ってた。あんまり馬鹿馬鹿しいから殺してやろうと思ったことも何度もあったんだ。
でも……気づけば、僕は手を取っていた。羨ましくてたまらなかった君の手を……そしたら君は握り返してくれたんだよ。君はぐっすり寝ていたから覚えてないだろ? でも、僕は覚えている……きっと、ずっと忘れない。温かさを感じたのは、はじめてだったから」
繋いだ手の温もりが流れ込んでくるようで、その手をずっと握っていたかった。
この冷たく硬い骨はジニーなんかじゃない。肉体と魂。二つを合わせなければジニーにはならない。だが、例え彼女を甦らせたところで、無邪気に慕ってくれた小さな女の子は永遠に帰ってこないだろう。
一体なんのために自分は存在しているのだろう、とリドルは思う。
自分と母親を捨てた憎き父の一族、マグルを根絶やしに。マグルの血の混ざった【穢れた血】を抹殺して、この世界をきれいにしたかった。自分を苦しめた世界を消して、新しい世界をつくりたかった。
ずっと見続けていた夢はもうじき叶う。いまや魔法界の勢力図は闇の陣営に傾き、あと僅かな残党を始末してしまえば完全に世界を手中にすることができる。
なのに、嬉しさは込み上げてこない。言いようもない虚しさが心を支配していた。
それでも、もう止まるわけにはいかない。引き返せないところまできてしまったから、歩みをやめるわけにはいかない。例え道が間違っていても、行く先にあるものがなんであろうとも。
【秘密の部屋】をでて、部下達の前に姿を現わしたリドルの顔には冷徹な仮面が張りついていた。死喰い人の面々を見渡し、ただ一言…――
「いくぞ」
残忍な殺しの楽しみのためか皆、歓喜の声と共に頭上に杖を掲げる。次の瞬間、一同の姿は消え失せていた。