続・ルシウスロリコン物語②【未完】 - 2/3

 ルシウスは意を決して横たわる少年に近づくと、灰色がかった肌に触れました。硬い表面は拳で小突くと物のような音を立てます。体温という体温が全て失われたかのように冷え切っている肌の奥には、まだ命が宿っているとは到底思えません。
「し、死んでるの…?」
 そろそろと近づいてきたジニーは恐ろしさのためか、ギュッとルシウスの腕をつかみました。彼は振り返り、首を振りました。
「違う。これは石化だ……一体誰がこんなことを」
 ルシウスは考え込み、ふっと管理人フィルチの猫が石化させられたという事件のことを思いだしました。そう、ジニー以外全てアウト・オブ・眼中だった彼は、実はこのホグワーツで起こった奇怪な事件の真偽を正すという名目でここにきたのでした。ジニーと再会した喜びですっかり忘れてしまっている辺り、理事の自覚ゼロですね。
「コリン……」
 石像と化した友人の顔や手を撫でていたジニーが不意に涙をこぼしました。
「おじさん……コリン、まだ生きてるよね? ちゃんと元に戻る……よね? もし、コリンが死んじゃったら、あたし…、あたし……」
(な…、なんだって……!?)
 ルシウスは鈍器で殴りつけられたような精神的ダメージを負い、足をふらつかせました。「あたし…、あたし……」の後に「もう生きていけない…!」なんて続きそうな今の口ぶりからして、コリンという少年はジニーと相当仲がいいのでしょうか。ひょっとしたら、恋人なんていうオチかもしれません。ルシウスの心は嫉妬の炎に焦がされ、今この瞬間にもコリン少年の身体を粉々に打ち砕いてやりたい衝動に駆られました。
 ところが。
「ジニー…?」
 トスン、と自分の胸に飛び込んできたジニーにルシウスは面食らいました。ああ、なんという密着感。ジニーの熱が、震えが直に伝わってきます。
「ルシウスおじさん、お願い、誰にも言わないでね。あたし……あたし、ミセス・ノリスが襲われた時と……昨日、どっちも記憶がないの。どうしよう、おじさん……あたしがコリンを襲ったのかもしれないわ。
 どうしたらいいの…? あたしが皆を襲ってたんだとしたら、校長先生に言わなきゃ。
 で、でも、あたし…、アズカバンに送られる? 怖い……パパに聞いたこと、あるの。吸魂鬼のこと……死ぬまで、怖い目に遭わされるんだって。そんなところに独りでいくの、やだ、怖いよぉ……」
 なんといってもジニーはまだ十かそこらの子供なのです。正義感と恐怖の間に揺れ動く心を自分自身で決めることができないのです。
 それにしても自分が犯人かもしれないと打ち明けるなど、どれほどの勇気が要るのでしょう。それも、頭の硬い役所の人間の前で言ったら、一発で恐ろしい監獄に収監されてしまうかもしれないというのに。ジニーがそれだけ自分を信用してくれているのかと思うと、ルシウスは年甲斐もなく辺りをスキップして回りたくなりました。
「そんなことはないよ、ジニー。安心しなさい。君のように心優しい子が、こんなひどいことをできるわけがない」
「でも、あたし、今夜も誰かを襲うかもしれない……また意識を失って、校内を歩き回って……」
「大丈夫。そんなに心配なら、私がつきっきりで見守っていてあげよう。ずっと一緒にいたら、ジニーがそんなことをしないって証明してあげられる」
 おじさん、トイレにいきたいの、ついてきて……おじさん、お風呂に入りましょ。わぁ、おじさんの背中ってすごく大きい! あたし、流してあげるわ。後ろ、向いて……おじさん、怖くて眠れないの。手を握ってて、お願い…――いくつかの妄想で、このところ血管が切れやすくなった鼻からまた血が流れそうな気配を感じ、ルシウスはそそくさと鼻をつまみました。
 モチのロンで何処までも一緒だ!!
「でも……おじさんにそんな迷惑をかけるわけにはいかないわ」
「迷惑なんかじゃない! ジニー、君の力になれるのなら私はなんだってしよう」
 ルシウスにとってはおいしいこと尽くし。願ってもないことなのですが、男のサガを理解するにはまだ幼すぎるジニーがルシウスの下心に気づくはずがありません。鼻息を荒らげるルシウスのローブをクイクイと引っ張り、
「ありがとう、ルシウスおじさん」
つま先立ちをして、頬にキスしました。
 ルシウスは血の気のない顔を、みるみるゆでだこのように赤く染めました。そして照れ隠しをするように一つ咳払いをし、
「ところで、ジニー。君は夢遊病……のように深夜徘徊すると言ったね? いつ頃からか、覚えているかな?」
「う……んと、ホグワーツに入学してから。九月の終わりか、十月の始めくらい」
「ふむ。夢遊病のような状態が事件と関係があるかは分からないが……そうだね、九月の終わり頃というと、入学したのが九月のはじめ。今までとは違う生活に、身体が無意識のうちにストレスを感じていたのかもしれないな。夜はちゃんと眠れているのかな?」
「……夜は、その」
 ジニーは急にモジモジと落ち着かなく動き始めました。
「夜は? 眠れないのかな?」
「ううん……ただ、トムとお話をしてるから夜更かしすることが多くて」
「トム!?」
 昨夜、ジニーの身体に乗り移っていたゴーストの名前と一緒です。突如叫んだルシウスを、ジニーは不思議そうに見上げました。
「うん。おじさんにも昨日見せたわ。日記帳に住んでる男の子」
「ジニー……もしかして、そいつ、いや、その男の子はトム・リドルとかいうんじゃ」
「どうして、おじさんトムのこと知ってるの?」
「ジニー。その日記帳をここに持ってきてくれるかな」
 ジニーは大きな目をまんまるにしながらも、とにかくルシウスの言う通りにしようと思ったのでしょう。ネグリジェ姿のまま、医務室を飛びだしていきました。
 ルシウスは落ち着かなく歩き回りながら、ジニーが帰ってくるのを待ちました。
(謎は、全て解けた)
何処ぞの名探偵のセリフを心の中でつぶやきながら。
「ルシウスおじさん」
 ほどなくして戻ってきたジニーの手から、日記帳を取り上げると、検分するように眺めました。
 古びた、魔法のアイテム。何か書き込めば返事をくれるだけの害のない日記帳だと思っていたからこそ、愛するジニーにプレゼントしたというのに…――ルシウスは杖を取りだし、日記帳に向けました。着火魔法特有の緋色の光が杖先に生じた瞬間、ジニーはハッと息を呑みました。
「やだっ、おじさん、何するの!?」
 ジニーはルシウスの手から日記帳を取り戻そうと背伸びをし、飛び跳ねました。けれど、ルシウスはますます手を高々と上げます。小柄なジニーにはどう足掻いても届かないように。
「返して、返して! トムを返してっ!!」
「ジニー、これなんだよ。君がおかしくなった原因は」
 ジニーに乗り移り、セクハラをかましただけでは飽き足らず、殺人未遂まで犯したのはトム・リドルに間違いありません。
 けれど、ジニーには事情がうまく呑み込めていません。何せ、彼女に昨夜の記憶――リドルに操られている間の記憶はないのですから。
「いや、トムを殺さないで…! トムはあたしの大切なお友達なの!!」
「ジニー、おとなしくしなさい!」
 ジニーの身体が一瞬硬直しました。今まで優しかったおじさんに怒鳴られたショックに涙をこぼし、
「おじさんなんか、大っ嫌い……!!」
ルシウスに痛恨の一撃!
 愛する少女の言葉に、たまらずルシウスは日記帳を取り落としてしまいました。
 大っ嫌い大っ嫌い大っ嫌い…――脳内にリフレインするその言葉は、昨夜言われた「変態エロ親父」に匹敵するものでしたが、偽物に言われたのと本物に言われたのではまるで重みが違います。
 日記帳を拾い上げ、「馬鹿ァーッ…!!」と叫んで駆けていくジニー。その捨てゼリフもまたルシウスの残り少ないHPをこすげとっていきます。「大好き」が一夜にして「大っ嫌い」に変わるなんて、嗚呼無情。
「ジニー…、ジニー…、私の天使……君のためだけを思って。私は、私は……」
 四十歳を間近に控えていることも忘れて、さめざめと泣きだしたルシウスの前にいつの間にか黒い影が落ちていました。ふと顔を上げたルシウスの目に、慈愛の表情をたたえたダンブルドアが飛び込んできました。
「ダ、ダンブルドア先生……」
 人間離れした寿命のせいか神々しさすら感じさせる校長のオーラに、助けを求めそうになったルシウスに、ダンブルドアは穏やかな微笑みを浮かべました。
「ほっほっほっ。愛じゃな愛」
(……クソジジイ!!)
 ウキウキとした楽しげな口調に、自分の失恋が馬鹿にされたように感じられたルシウスは、この瞬間ホグワーツの安全など二の次になりました。理事長の権限を最大限に駆使してでもダンブルドアを停職に追いやってやると固く決めたルシウスの目には、ダイヤモンドのような輝きが宿っていました。