続・ルシウスロリコン物語②【未完】 - 3/3

「平和ねえ……」
 湯気だったティーカップの中を見つめながら、ナルシッサは満足げな吐息を洩らしました。夫のルシウスが家にいないことが、こんなにも心休まるものだなんて。あたたかい紅茶を一口含んだナルシッサは、幸せこの上ないという笑みを浮かべました。一人でいることのなんと気楽なことでしょう。
 マルフォイ家は魔法界の純血魔法使いの名家の一つ。百年ほど前に北欧から移り住んできた彼らは、イギリス魔法族の中では歴史が浅いのですが、先々代の当主が商才に長け、先見の明があったことから今や他に類を見ないほどの財力を築き上げていました。
 当主の妻であるナルシッサは当然仕事らしい仕事をすることもなく、ただ美しい衣装を身に着け、音楽を聴いたり本を読んだり、庭いじりをしているだけでも暮らしに困ることはないのです。そんな【マルフォイ夫人】は周囲から羨まれていたのですが、実は彼女はそれほど幸せというわけではなかったのです。と言いますのも、ここまで物語を読まれた皆さんなら分かりますね。夫の存在が嵐のように絶えず彼女の心をかき乱しているからです。実の息子よりも、元・親友の娘に心を奪われきっている夫。それも可愛いとかいう甘っちょろい気持ちではなく、恋しているときているのですから。気違い沙汰です。
 ジニーがこの世に生を受け、見初めてからの十一年間壊れたレコードのように彼女の名前を連呼し続け、不幸にも――アーサーにとっては限りなく不幸なことに――ダイアゴン横丁で再会してしまったからというもの「やはりジニーと私は結ばれる運命だったのだ!」と、毎日のように未来妄想を語られては神経が磨り減っていきます。疲れきったナルシッサには他人のことを気にかける余裕などありません。今回夫がホグワーツに発っていったのも、マグル出身の生徒達が襲われていく事件の調査という建前でしたが、本音は十中八九ジニーに会うためだと分かっていたのです。が、罪もないジニーが夫の餌食になろうと、自分の側から離れていてくれるならそれでもいいと思うようになるほど、今のナルシッサは精神的に弱りきっていたのです。かわいそうに。
 バシーンッ! 突如、派手な炸裂音が和やかな空気を破りました。ティーカップを取り落としそうになりながら、危ういところでなんとか皿の上に戻すと、ナルシッサは立ち上がりました。【姿現わし】たのは、なんとルシウスです。ああ、短い平穏だったと、ナルシッサは痛みをこらえるようにこめかみを押さえました。
「ナルシッサ、理事の住所簿を何処かにしまいこんでいたな? 今すぐ、ここに持ってきてくれ」
「理事の住所録? そんなもの、何に使うおつもりですか?」
 ただいまの一言もない夫の開口一番のセリフに、ナルシッサは嫌な予感を覚えました。(ジニーに関わらないこと全てにおいては)冷静なルシウスが、こんな風に理由を話すより先に○○してくれと要求してくる時は、大抵その後何かをやらかす前兆だと、長年の結婚生活ですっかり分かりきっていました。
 ルシウスは眉をつり上げて、ステッキを床につきました。振動で屋敷が揺れ動くのではないかと思うほどの叩きつけ方です。ナルシッサは重々しい溜め息をつきました。
「こんなところで痛恨の一撃を繰りだすのはやめてくださいな。一体何があったというのです?」
「ダンブルドアを停職させる」
「この一大事に? マグル出身者が次々と襲われていっている事件がありましたでしょう。そんな時にダンブルドア以外の誰が事態の悪化を喰いとめることができるというのですか」
「ダンブルドアにはこれ以上のうのうとホグワーツに居座ってもらうわけにはいかないのだ」
「ドラコもそのホグワーツに通っているのですよ。ダンブルドアがいなくなることで、あの子に危険が及ぶようになっては困りますから、わたくし賛成いたしかねます。ちゃんと順を追って説明していってくださいな。一体何があったというのです」
 再度問いただすと、ルシウスは眉間にシワを寄せましたが、説明をしなければ妻が何もしてくれないことを悟り、忌々しげに話しだしました。
「事件の犯人が分かったのだ」
「え、事件の犯人がっ?」
 てっきりジニー目当てで出かけていったと思っていたので、ナルシッサは心底驚きました。ルシウスにも少しは理事の仕事を果たそうとする使命感があったのでしょうか。
「それで? 犯人は捕まえたのですか?」
「犯人はジニーに取り憑いているゴーストだった」
「ジニーちゃんに? どういうことです? ホグワーツに住んでいるゴーストがジニーちゃんに取り憑いて事件を引き起こしたとでも?」
 ホグワーツ住まいのゴースト達は皆、善良です。凶悪そうな名前で恐れられている血みどろ男爵だって、実のところ朗らかに笑いながら大広間を闊歩するような陽気なゴーストなのです。ナルシッサが首をかしげると、
「話せば長いが……ジニーの持っている日記帳の中にいるゴーストが夜な夜なジニーに取り憑いて、あーんなことや! そーんなことを! している……今、こうしている間にもジニーの純潔が危ない!! なのに、ダンブルドアめ……必死に駆けずり回った私を愚弄したのだ。許せん!」
 あなたじゃあるまいし、ジニーちゃんのような子供にそんなセクハラ紛いのことはしませんことよ――言いかけた言葉を、ナルシッサは呑み込みました。ルシウスは逆上するだけでしょうし、怒り狂った夫を相手にするのも馬鹿馬鹿しいと思ったのです。
「後任はどうするおつもりですか?」
 それとなく夫が考え直すように言うと、
「心配するな。私がなるつもりだ」
「……あなた、教職をお持ちじゃなかったでしょう?」
「持っている」
 誇らしげに教員免許状を見せるルシウスに、ナルシッサは呻き声を上げました。誰かから買収したのでしょう。名前の書いてある位置には白い紙が貼ってあって、その上に「Lucius Malfoy」と書いてあるのですから。
 そうだ、先生と生徒というシュエーションも萌えるな、と思いついたように言うルシウスに背を向け、ナルシッサはよろよろとした足取りで部屋を後にしました。理事の住所録を取りにいくためです。ルシウスが校長になれば、少なくとも休みまでは家に帰ってこないでしょう。
(もう、いいわ……犠牲者が何人になっても。あの人がいなくなるなら、それでいい……ああ、でもセブルスにお願いしておきましょう。あの人が暴走しないように……十二の子供に手をだしたロリコン当主……日刊預言者新聞でさぞやいい記事になるでしょうね……)

(2021/04/25)