皆がすっかりと寝静まった丑三つ時。マダム・ポンフリーの押し殺したような悲鳴と、続いてバタバタと駆けていくニ、三の足音を聞いたルシウスはむっくりと起き上がって、カーテン越しに外の様子を探りました。
ルシウスには最初から医務室に泊まる気などさらさらありませんでした。今さら言わずとも皆さんお分かりでしょうけれど、ルシウスは息子の怪我など全く心配していなかったのです。彼の思いはただ一つ、夜這い……もとい、ジニーと愛を確かめあうこと。年端もいかない少女を相手に思いを遂げようとする辺り、ルシウスの脳内辞書にモラルという文字があるのかどうか確かめたいところです。ジニーの方では父親の知り合いの優しいおじさんとして慕っているだけなのに、三十近い年の差も考えずに異性として好かれているのだと思い込んでるのですから、まったく困りものですね。
女の勘からか、ルシウスを胡散臭そうに見張っていたマダム・ポンフリーがいなくなったのは幸運でした。もちろん、ルシウスにとってはです。愛という名の大義名分のもとに、いざとなれば彼女を気絶させることもできましたが、何事もスムーズに進むに越したことはありません。
ルシウスは自分が寝ているように見せかけるため、魔法で布団を盛り上げる細工をするのを忘れませんでした。こうしておけば、帰ってきたマダムに覗き込まれてもうまく騙せることでしょう。いざ出陣と意気込んで医務室をでていきました。
ルシウスはホグワーツ在学時スリザリン寮に所属していましたが、まだ当時はアーサー・ウィーズリーと親しかったため、彼からグリフィンドール寮の場所をそれとなく聞きだしていました。そう、そこまではよかったのです。ところが、うつらうつらしている【太った婦人】の肖像画の前まできた時、ルシウスは急にあることを思いだし、足をとめました。合言葉です。
どの寮にもそれぞれ部外者の侵入を禁じるため、合言葉の制度が設けられていました。部外者が寮生に化けることまで想定しているのか、合言葉を言わない限り、例えその寮の生徒といえども入ることはできないのです。ルシウスは合言葉も買収しておくべきだったと舌打ちしましたが、気づくのが遅すぎました。うっかりしていました。何度も描いていた夢が現実になるのだと浮かれていたためでしょう。
ルシウスは落ち着きなく肖像画の前をいったりきたりを繰り返しながら、どうにかして寮内に入る方法を考えました。【太った婦人】を燃やせば、きっと彼女は学校中に響き渡れとばかりに金切り声をあげるでしょう。賄賂はスリザリン寮ならまず間違いなく通じますが、騎士道精神篤いグリフィンドールでは焼け石に水。跳ね返った湯で火傷するのがせいぜいです。説得という手を考えなかったのは、婦人のドレスの内からはちきれんばかりに詰まっている肉を見て、いかにもガードが堅そうだと失礼なことを思ってしまったためです。
ルシウスにできることはただ一つ、待つことだけでした。全寮制でしっかりと管理されているホグワーツといえど、お年頃の少年少女は異性に興味を持つものです。ルシウスは若い恋人達が寮からでていくのを、あるいは帰ってくるのを期待しました。
しかし、待てど暮らせど、そんな生徒達は一向に現われません。十分がすぎ、二十分がすぎ…――ルシウスは段々と苛々してきましたが、ジニーに逢えないままおめおめと戻るのはさらに耐えがたく、肖像画の前に突っ立っていました。
三十分がすぎた頃、ルシウスの我慢は早々と限界点に達しました。婦人が悲鳴を上げる間もなく一瞬で焼き払ってしまおう――杖の先に集めた金色の光が炎に変わり、松明のようになりました。その赤々とした灯りが廊下の向こうに小さな人影を浮かび上がらせ、ルシウスはハッとしました。ゆっくりとした足取りで寮に、いえ、自分の元に向かってくる生徒。それが愛しい花嫁――あくまでルシウスの脳内設定ですが――ジニーだと気づいたのです。
「ジニー!」
ルシウスが駆け寄っていくと、彼女はにっこりと笑いかけました。胸をとろかすような甘い笑みです。レースのひだ飾りのつきの白いネグリジェといい、みつあみの跡がついた波打つ柔らかな髪といい、まるで天使そのものだと感激して涙ぐんだ、その時です。
「それ以上近づくな。変態エロ親父が」
今、まさに抱きすくめようと両手を広げた格好で、ルシウスはピタリと動きをとめました。