「この、卑怯者ッ!」
開口一番に、これだ。射抜くような鋭い目で睨みつけてくるグレンジャーの迫力といったらない。怒ったマクゴナガルに匹敵する。
「ご挨拶だな、グレンジャー」
「ハリーを置いて逃げてくるなんて! よくもそんなことができたわね!? 信じられない!」
今にも胸倉をつかみかかってきそうな勢いだ。女にしとくには全く惜しい。
グレンジャーが何故こんなにも怒っているのか。
事の始まりは、あの半巨人の森番だ。このところ、何かを嗅ぎ回っているらしいポッター達を張っていたら、あいつらが危険窮まりもないドラゴンを育てていることを知った。ドラゴンは凶暴で、卵から孵ったばかりの幼竜でも決して人には馴れない。獣の知識のない奴でも分かりきったことを、禁じられた森の番人が。愚かだとしか言いようがない。
僕はそれを教授に密告しようとした。安全快適な学校生活を壊す権利が、あんな奴にあるわけがない。しかるべき処置を――あの森番をホグワーツから追放すべきだと思った。
が、マクゴナガル教授はそれを信じなかったばかりか、就寝時間が過ぎてから校内を歩き回ったとして、僕とポッター、ロングボトム、それにグレンジャーをまとめて罰することにしたのだ。正しいことをして、何故裁かれるのか。全く納得がいかない。
で、奴らと一緒に夜の禁じられた森を彷徨う羽目になった。召し使いが行なうような仕事を、この僕が。何者かに襲われた希少種のユニコーンを見つけだすために、僕とポッター、残りの奴らと二手に分かれて森を散策することになった。
そこで、僕らは奇妙なモノと遭遇した。魔法使いなのか、魔法動物なのか。上から下までローブを引っかむって、ズルズルと這いずりながら近づいてきたソレは、話に聞いた吸魂鬼そっくりだった。生気がなく、距離が縮まるごとに全身の血が凍るような恐怖を感じた。
僕は考える間もなく逃げだした。戦ってかなうような相手じゃないと分かったからだ。熟練の魔法使いでも、かなうか、どうか。
僕はポッターも逃げたのだと思っていた。なのに、ようやく振り返る余裕ができた時にはあいつの姿は何処にもなかった。
急いで杖から赤い光を打ち上げると、すぐに森番とロングボトム、それにグレンジャーが駆けつけてきた。僕が事情を話すと、森番の奴は血相を変えて走っていった。それを追うように、ロングボトムの奴も。だが、グレンジャーはいかなかった。身体が震えているから、多分怖いのだろう。後を追わないのは賢明だ、と思った矢先に「卑怯者」と罵りを受けた。そして、今に至る。
卑怯も何もない。自分の命が懸かっている時に、いちいち他人のことを気にしていられるか。友情論を盾に熱くなる奴の弁を黙って聞いてやるほど、僕はお人よしじゃない。
「落ち着けよ、グレンジャー。僕とあいつは愛し合った仲ってわけじゃないだろ。友達でもなんでもない。そんな風に罵られる謂れはないね。あいつだって、逃げられたなら僕を置き去りにして逃げたに決まってる」
「ハリーは死ぬかもしれない危険を冒して、トロールに襲われていた私を助けにきてくれたわ!」
また、これだ。グレンジャーとの友達づきあいをやめた決定的な原因。ポッターとウィーズリーが己の危険も顧みずに助けにいったのが理想とマッチしたのか、グレンジャーはポッター達を英雄視し始めたのだ。
年端もいかない少年達が、同級生を守るためにトロールに立ち向かった。確かに美談だ。だが、その時は運よく切り抜けられただけだ。仮に奴らがしくじっていたらどうなった? グレンジャーだけじゃなく、奴らも死体になって転がる可能性の方が遥かに高かった。
奴らが取るべき行動はたった二人で救出に向かおうとするのではなく、一刻も早く事態を教授達に伝えることだった。それを怠って、何が英雄だ?
「あいつらが間抜けだからさ。目立ちたがり屋で、皆から英雄視されたがってるから」
「それ以上ハリーを侮辱したら許さないわよ、マルフォイ」
勇ましく杖を突きつけてきたグレンジャーに諸手を上げて、降参の意を示した。黙ったのはグレンジャーにやられると思ったからではないが。
「もし…、もしもハリーに何かあったら、私あなたを絶対に許さないわ!」
興奮しすぎたのか、グレンジャーの目に涙が競り上がった。泣き顔を隠そうとするかのように彼女はサッと身を翻し、森番の後を追った。
ハリーを置いて逃げてくるなんて……ハリーは死ぬかもしれない危険を冒して……ハリーを侮辱したら許さないわよ……もしもハリーに何かあったら……ハリー、ハリー、ハリー! ポッターのことしか頭にないような口調だった。僕も危険にさらされたことなど、彼女はちっとも気にかけていない。当然だ。グレンジャーは僕ではなく、ポッターを友人に選んだのだから。なのに、何故こうも気に入らない?
「くそっ……」
遠くから馬のいななきと、誰かの叫び声が聞こえてきた。何かが起こったのだろう。ポッターに何か、が。
あいつなんか死んでしまえばいい。あの化け物に襲われて、跡形もなく喰われてしまえ――森番達の走り去った方に足を向けながら、強くそう願った。
(2005/11/27)