アンドロメダは木陰に腰を下ろして、手紙を読んでいた。誰にも見咎められないよう、愛読書の間にしっかりと挟みこんで。
初夏の日差しは緑の覆いに和らげられ、白い紙面にチロチロと光が楽しげに揺れ動く。光のダンスがテッド・トンクスを連想させ、アンドロメダは微笑んだ。ごく短い近況報告の手紙だ。熱烈な愛の言葉もなければ、くすりと笑いを誘うユーモアにあふれた一文もない。ラブレターとは到底言えないような代物だったが、何度読んでも暖かさを感じさせる。
ふと彼女は顔を上げた。黒のショートパンツから覗くほっそりした足が視界に飛び込んできたのだ。
従弟のレグルスだった。十歳近く年が離れているにも関わらず、いや、年が離れているせいか、彼はアンドロメダによくなついていた。彼の一家が遊びにきた時にはいつも影のようについてきたものだ。
「どうしたの？ 声をかけてくれたらよかったのに」
「読書の邪魔したら悪いと思って」
サラサラの前髪が目まで垂れかかっていて、子供らしいあどけなさに陰気な影が落ちている。声も何処か沈んでいるようだ。アンドロメダは本を丁寧にたたんで脇に置くと、彼を手招いた。
「本なんていつだって読めるわ。さ、いらっしゃい。どうしたの？」
おずおずと近づいてきたレグルスは、後ろ手に何かを隠しているようだった。隣りに手足を縮めて座ると、
「……勉強、見てもらいたくて」
教本をだし、指し示す。
「勉強？ 先生はもうお帰りになったの？」
空の明るさからして、まだ三時にもなっていない。シリウスとレグルス、幼い従弟達は夕方まで家庭教師をつけられていると聞いていた。アンドロメダが怪訝な顔をすると、レグルスの黒々とした眉がピリリと引き攣った。
「ううん、まだ家にいるよ。でも、同じことを二回も聞けない」
「どうして？ 分からないことを教えてもらうために先生はいるのよ」
「シリウスなら一度で覚えられるんだ。だから、俺も一度で覚えなきゃ」
伯母は傍から見てあからさまなほど跡継ぎのシリウスを溺愛していた。彼の海綿のように知識を吸収していく利発さや才気は類い稀なもので、結婚後長らく子に恵まれなかった伯母の誇りとなったのも無理はない。
レグルスも決して不出来なわけではないが、シリウスのように際立った才能はない。脚光を浴びる兄を尻目に、レグルスはただ兄への遅れを少しでも埋めるべく幼い心を悩ませていたのだ。
アンドロメダは急にこの従弟のことがいじらしく思えてきた。肩に手をかけると、レグルスはうつむいたまま目だけを上げた。もっと小さな頃は、こんな風に前髪の陰から顔色を窺うような子ではなかった。いつからこうなってしまっていたのだろう。そっと髪をかき上げると、レグルスはまぶしそうに目を細めた。
「レグルス。あなたはあなた、シリウスはシリウスなの。あなたはシリウスとは違うし、シリウスと同じになる必要はないの……分かる？」
「でも、アン。俺、何か一つでいいから、勝ちたいんだ。シリウスのこと、好きだけど……ずっと負けっぱなしだったら、あいつのこと、嫌いになりそうだ」
今回の滞在中、一度も二人一緒にいるところを見ていなかったのを思いだし、アンドロメダは吐息をついた。同じ両親の下に生まれたというのに。あんなにも仲が良かったのに、どうして成長すると一緒にいられなくなるのだろう。
（私もこの子達と同じ。ベラと分かり合えなくなってしまったのだから）
マグル生まれのテッド・トンクスと親しくなってから。いや、そのずっと以前にベラトリックスとは距離ができてしまった。溝を埋める努力すらも絶えてしまった。
「さ、何処が分からないの？」
言うと、レグルスはパッと顔を輝かせた。久々に見せた子供らしさが、こんな時に…――アンドロメダは憂鬱さを隠せなかった。
（2005/02/24）