ワルデン・マクネアを知る者は誰もが皆、子供らしくない子供だと口をそろえて言う。痩せこけた頬には血色のいいところなど少しもなかったし、黒いもつれ髪がその欠点をさらに目立たせているようだった。上目遣いに窺うような目つきや、ギュッと引き結ばれた口元も可愛げがない。
彼の母親はその出産が原因で命を落とした。唯一の肉親である父親とも死に別れたというのに、葬儀に参列した彼は悲しそうな素振りは見せなかった。土深く埋められていく棺を乾いた目で見つめているのに、弔問客らが目配せしていることにも無関心に見える。
葬儀を終えてしまうと皆はあることに気づいた。一人残されたワルデンの今後である。
彼に身寄りはなかった。というのも、百年ほど前から死刑執行人という忌むべき職業を代々継いできたマクネア家は、同じ純血の魔法族からも蔑まれる対象であったのだ。マクネア家は他家と婚姻を結ぶことは許されず、かといいマグルの血を受け入れることも潔しとせず、己が一族の結びつきを強めていった。長年の血族婚の繰り返しのせいか、血は年々衰えていき、虚弱で頭の働きのいささか鈍い子供ばかりが生まれるようになったが、彼らにそれを拒む選択肢などありはしなかった。
近しい親族は全て死に絶え、ワルデンはいまやマクネア家の血を引く唯一の魔法使いだった。純血を尊ぶ人々は取り残された子供を口々に「かわいそうだ」とか「純血の子供なのだから、誰かが引き取り、世話をしてやるべきだ」などともっともらしく言っていたが、そのくせ誰も自分が【哀れな子供】の庇護者になろうとは申しでなかった。
七日かけての死者の魂を送りだす儀式を終えて小さな家に残されたのはワルデンと、立派な身なりの男だった。喪の最中にある家を訪うには不謹慎なほどの贅を尽くした服装を、ワルデンは注意深く見つめた。金刺繍のある濃紺のローブにはつやつやと光沢があったし、布には少しのほつれも粗も見えない。白に近いブロンドはまっすぐで、滝のように腰の辺りまで垂れている。それが男の長身をさらに強調していた。
「君の年はいくつだ、ワルデン?」
問いかけているにもかかわらず、突き放すような口ぶりだった。ワルデンはそうした大人の扱いになれていたので、特に気にすることもなかったが。
「今年で九才になります」
「そうか。では、ルシウスと同い年だな」
独り言のように、男はつぶやいた。
ワルデンには【ルシウス】もこの男も誰だか分からなかった。少なくとも、葬儀が執り行われている間にこの男はいなかったと思う。いれば、見覚えがあったはずだ。こんなきれいな人を見るのは初めてだ、と彼はまぶしいものを見るように目を細めた。男にきれいという言葉を使うのはおかしな気がしたが、そうとしか形容できない。一目見ただけで心を鷲づかみにするヴィーラとは、こんな姿をしているのではないかと思うほどに人間離れした美貌だ。
男は感情のない冷たい目でワルデンの顔からつまさきまでを一瞥した後、「ふむ」と考え込むように頷いた。
「私の屋敷にくるかね、ワルデン。ここでずっと一人暮らしていくのは子供には大層酷なことだ。特別私の目の前で騒ぎ立てるようなことがなければ何をしてもかまわない。君が自立できるようになるまでは金銭面でも手助けをしてやれる。どうだね?」
「ありがとうございます、サー。でも、ぼくには……なぜ、あなたがそんなことを言ってくれるのかが分かりません。ぼくはあなたのこと、知りませんし」
男は唇を歪めた。笑ったというよりも、そう言った方がしっくりとくる。
「君の父親とは昔、友人だった……学生時代の話だがね。アブラクサス・マルフォイの名を聞いたことは?」
ワルデンは曖昧に頷いた。父親から聞いたことはないが、マルフォイの名はもちろん知っていた。数百年前、北欧から移り住んできた一族。ここ数十年の間に急激に力をつけ、いまやブラック家に勝るとも劣らない財力を誇るという。その当主の名が、確かアブラクサスだった。
けれど、学生時代とはいえ、自分の父親とこの男に接点があったとは思えなかった。忌まれている血筋の者が、どうして明星のように輝かしい一族の長と交流を持てただろう。
もしかしたら、この人は気を遣わせないようにわざと父の友人を名乗っているのかもしれないとワルデンは思った。裕福な一族の長なればこそ、他の誰にもできぬ、穢れた孤児に哀れみをかけることができるのかもしれない。
矢継ぎ早に質問をせずに、自分を見つめる視線が気に入ったのだろうか。アブラクサスの唇がますます弧を描いた。
「まあ、悪いようにはしない。一度きてみたまえ。気に入らなければ、でていけばいいだけの話だ」
これで話は決まりだ、とばかりにステッキを床に叩きつけた。ドンッという大きな音につられるようにワルデンは頷いた。その選択が自分の生き方を大きく変えようとは、彼は思ってもみなかった。
(2006/05/09)