Happy Birthday

 モリーはいい子で手がかからないから助かるわ――物心ついた頃から母から言われ続けてきた言葉だ。彼女はこの言葉を免罪符にして、私を放ったらかしにしていた。母だけではない。父や伯父、年の離れた従兄弟達の関心は常に兄にあった。
 ギデオンは生まれつき視力が弱いほかは、なんの欠点もなかった。成績優秀で、運動神経だって並以上。はらりと垂れ落ちた前髪の陰、眼鏡の奥から覗く理知的な瞳にちらりと見られて心が動かない女の子はいないだろう。妹の目から見ても、ギデオンは完璧な存在だった。
 古き純血の一族、プルウェットの次期当主として彼以上に相応しい者はいない。何代か前に北欧から渡ってきた成り上がり者の勢いに呑まれることなく、衰退しかけていた一族を盛り立て、魔法界での地位を揺るぎないものにしてくれるだろう…――親戚一同の期待が兄をどれだけ抑圧していたのか、子供の私には分からなかった。ただ、皆に注目される兄が羨ましく、妬ましかった。
 そう書いていくと、私の子供時代が全く孤独なものであったように思えるだろうが、それは違う。私には友達がいた。フェービアンは私同様、母に捨て置かれた子供で、私の弟でもあり、実質はじめての子供でもあった。服の着脱やスプーンの使い方など日常的なものから、アルファベットの読み方、つづり方、杖の使い方まで。産みの親は私の母だったが、育ての親は私だった。典型的な末っ子気質で、強情で、我がままで、けれど憎めない愛らしいフェービアン。彼は誰よりも私の足にまつわり、いつも一緒だった。私がホグワーツに発つまでは。
 私は正直ホグワーツに魅力を感じていなかった。ギデオンが休暇で帰ってくるたび、ホグワーツで起こったことを面白おかしく聞かせてくれたというのに。

 出立の日、自分も行くのだと駄々をこねるフェービアンは家に取り残され、私は胸が引き裂かれるような思いがした。見送りにこさせないなんて、なんてひどい両親だろうと恨んだものだ。ホームで別れの挨拶もせずに汽車に飛び乗ると、ギデオンが私の後を追ってきた。
「待てよ、モリー、モリー!」
 彼の存在を無視して、カートを押していき、空いているコンパートメントに入った。ギデオンはトランクをさりげなく私の手から取ると、隅まで持っていき、動かないように固定してくれた。ありがとうと言いたかったのに、何故か言葉がでてこなかった。
「そんな仏頂面をするなって。ホグワーツって本当に楽しいんだよ。絶対に気に入るさ。寮は四つあって、組み分け帽子がその人ぴったりの寮に割り当ててくれる。僕はグリフィンドール。騎士道精神あふれる者の寮なんだってさ。モリーも同じ寮だといいな」
「嫌よ。兄さんと同じ寮なんか」
 私が新生活に不安なのだと思って言ってくれただろう言葉に、そう言わずにはいられなかった。別にギデオンが嫌いなわけではなかったけれど、ギデオンの優しさは絶対に受け取りたくない。小さい頃から私や弟が皆に省みられなかった元凶は彼自身だったのだから。
 ギデオンは軽く息を呑み、私を見つめた。寂しい目だった。そのままずっと見ていたら謝りたくなるかもしれないと、私は窓の外に目を向けた。ギデオンはのろのろと立ち上がり、コンパートメントをでていった。

 ホグワーツに到着し、私は結局グリフィンドールに入ることとなった。ギデオンはやはり寮でも有名人だったらしく、妹ということで歓迎された。皆が祝杯を上げる中、私は不機嫌そのものの顔をしていたけれど。
 一日二日ならそんな態度も旅の疲れとして許されただろう。けれど、一週間、一月もそのままだとなると。私は自然寮の中で浮いていき、陰口を叩かれるようになった。ギデオンの妹でなければ、表立っていじめられたかもしれない。それでもギデオンの妹として特別扱いをされるくらいなら、いじめられた方がよほどマシだと思っていた。
 兄と口を利く機会もなくなっていった。常に皆の中心にいる人には、妹にかまう暇などないのだと私は卑屈にそんなことを思った。ギデオンが話しかけづらいように仕向けていたのは自分自身だったのに。

 そうこうするうちにハロウィーンの季節がやってきた。ホグワーツで行なわれる大々的なハロウィーンパーティーは密かに楽しみにしていたイベントだったのだが、友達がいないのにパーティーにでたって面白くもなんともない。月末が近づくにつれ、私の心は憂鬱になっていった。
 そして、あの朝。パーンッと何かが破裂するような音で飛び起きると、私のベッドの横に白い仮面をつけた吸血鬼が、クラッカーを片手に立っていた。私は叩き起こされたショックでいささか気が立っていた。
「ハロウィーンは明日でしょ。なんのつもり?」
「ミス・プルウェット、君を祝うために」
 吸血鬼に扮したギデオンが言った。わけが分からず、私は何かわめき散らしたように思う。朝っぱらからふざけた真似をしないで、でていってちょうだい…――そんなところだったか、それ以上のことも言ってしまった気もする。ギデオンはベッドの陰から何かを取りだし、ズイと差しだしてきた。鳥かごだった。中にはモコモコとした鳥――毛玉のようなフクロウが一羽、うずくまっていた。羽の陰からそっと顔を覗かせて、キョトキョトと首を回す。あまりの可愛らしさに声が洩れた。
「うわあっ……ギデオン、この子、どうしたの?」
 鳥かごを受け取ると、さっきまでの怒りも何処かに吹き飛んでしまった。ギデオンは仮面を外した。私の頭を撫でて、優しく笑った。
「今日は誕生日だろ、モリー。プレゼントだ」
「私の誕生日……」
 誕生日を祝われたことはなかったし、私自身、自分の誕生日を忘れかけていた。暦の上では覚えている。けれど、誕生日を前に心を浮き立たせるということがなかった。いつもハロウィーンの支度に家中大忙しで、誕生日を思いだしてもらえたことなんてなかったからだ。
 でも、兄は覚えててくれただけでなく、プレゼントまで用意してくれたのだ。あんなに避けていたのに。嫌な態度を取っていたのに。
 私は気まずくなって、鳥かごを床に置いた。ギデオンの嬉しそうだった顔がかげった。
「ごめん。女の子がどんなものをほしがるのか全然見当がつかなくて……アーサーに訊いたら、女の子は手紙が好きだから、フクロウをあげたら喜ぶんじゃないかって……それで」
「ねえ、ギデオン。どうして私にこんなことしてくれるの?」
「どうしてって」
「私、ギデオンに嫌な態度しか取ってなかった。あなたのこと、嫌いじゃないのに、どうしても素直になれなかったの……私を嫌って当然の態度を取ってたわ。なのに、どうして?」
「モリーがどういう態度を取ったって、僕にとっては可愛い妹だよ。モリーがフェービアンを可愛がるように、僕だってモリーを可愛がりたいんだ。迷惑……かもしれないけど」
 弱々しく最後の言葉をつけ足したギデオンに、今まで自分が取ってきた態度でどれだけ彼が傷ついてきたかを知った。もしもフェービアンが自分を避け続けたとしたら? 好きな分だけ、ショックを受けるだろう。
「ごめんなさい、それに……ありがとう、兄さん」
 たどたどしい「ありがとう」だった。けれど、ギデオンは頷き、笑ってくれた。十二歳の誕生日は、初めて兄に素直になれた記念日になった。

(2005/10/30)