留まる理由 - 2/10

 ジニーは寝台から跳ね起き、震える両肩を抱きしめた。噴きだした汗を片手で拭うと、ゆっくりと周りを見回す。
 枕もとにフクロウのぬいぐるみ、やりかけの宿題がどっさり載った机、よれよれのカーテン。当たり前のことを一つ一つしっかりと確かめてから、うるさいほど鳴っている心臓を鎮めるように深呼吸した。
 そろそろと起き上がると、壁にかけた鏡を覗き込む。夜明け前の薄暗い部屋に立ち尽くす、幽霊のような姿だ。微かに震えた指で、鏡の自分をそっと撫でる。
「……なんなの、今の夢」
 学期の終わりから毎日のように見ている夢だった。暗い何処かに一人でいて、怖くて心細い夢。声も身体も自由にならなくて、助けを呼ぶこともできない。
「あの声は、誰なの?」
鏡にギッと爪を立てて、つぶやく。口にだすと、少しだけ恐怖が薄れる気がした。
 得体の知れない奇妙な夢――最初は暗闇に一人いるだけで、さして怖くもなかった。だが、日を追うごとに多くのものが見え、聴こえるようになり、より鮮明さを増していった。ちょうどキャンバスに描かれた下絵に色が重ねられていくように。
 一体これはなんなんだろう。同じ夢を見続けるなんてことがあるんだろうか。
 あれは夏休みに入ってすぐのこと。自分でもおかしいと思い始め、思い切って家族に打ち明けてみたが、パーシーに馬鹿馬鹿しいと一蹴されてしまった。その言い方にカチンときたが、いつもなら味方になってくれるはずのフレッドとジョージはだんまりを決め込んでいた。ロンもチラッと抗議するように見たものの、父にゆっくりと首を振られると、フッと視線を逸らした。
 食卓に広がった不穏な空気を取り払うように、母がキンキン声で新聞を読みはじめた。ユーモアたっぷりのジョークが飛び交い、いつものように賑やかな雰囲気になったが、なんだか皆が無理して笑っているように思えた。
 一度そんなことがあったから、ジニーはそれ以上何も言えなかった。
 気にしない方がいいのかもしれない、と自分に言い聞かせ続けた。別に夢を見たからどうということもなかったし、ビルのいるエジプトに行ったこの夏は飛ぶようにすぎていって、昼間は夢のことを考える暇もなかった。
 放っておけば、いつか夢も見なくなるかもしれない。そうであればいいと思う。明日から新学期だし、同室の友達に迷惑をかけるわけにはいかない。
(友達…――)
 そう考えた途端、頭に鈍い痛みが走る。グラつく頭を押さえて、その場に座り込んだ。胃にズシリと重いものを感じ、唇を覆う。酸っぱいものが込み上げてきて、息をとめてなんとかやり過ごすと、ゲホゲホと咳き込んだ。
《馬鹿な子だ》
 頭にスッと染み込んできた声に、ハッと顔を上げる。だが、涙でにじんだ視界の中には特に変わったものはなかった。涙が頬を伝って落ちる。
「……だれ、誰なの……あの人は、誰なの?」