リドジニギャグ詰め合わせ - 7/7

愛と哀

「ワームテールよ。俺様は考えたのだ」
「はあ……何をですか、ご主人さま?」
 またご主人さまはロクでもないことを考えたに違いない。ワームテールは気乗りしないながらも訊き返した。本心では無視したかったのだが、後が怖い。相槌を打たないだけでもキレるご主人さまを持つと気苦労が耐えないものだ。
「俺様とハリー・ポッターとを比べてみたのだ。何故俺様があのような子供に打ち負かされたのかと。あれには一度として勝利したことはない……お前はその原因をなんと考える? あれには俺様よりも優れた何かがあるのだ」
「運のよさじゃないですか? ああ、あと運動神経」
 ご主人さまとハリー・ポッターとの決闘を思いだし、ワームテールは一瞬噴きだしそうになり、慌てて咳払いした。ご主人さまのノーコンっぷりといったら、見ていてすがすがしいほどだった。至近距離でハリーを狙ったのに、斜め横の墓石を砕く始末。死者はさぞ驚き、土の下で引っくり返ったに違いない。
 ワームテールの言葉にご主人さまは首を振り、
「愛だ」
「はっ?」
「あれの母親は息子の命を守るために死んだ……俺様の母親は、俺様を産むとすぐに死んだ。俺様は愛という感情を受けたことはない」
「はあ」
 真顔で言うご主人さまにワームテールはどう反応していいものか迷った。かなりのお年を召したご老体――俺様なんて言ってのける、なんちゃって老人に愛を連呼されると、どうも心にもやもやとしたものが広がっていく。
 聞き手のしょっぱい顔つきに気がついていないのか、ご主人さまは平然と続ける。
「復活の際にあれの血を使ったことで、俺様の中にも母親の愛という守りが息づいた。が、まだ足りん……あれを打ち負かすには、もっと強い愛が必要なのだ。
 そこでだ、ワームテールよ。俺様は妻を娶ることに決めた」
「へっ!? あ、あの……お相手はどなたで? ナギニですか?」
「愚か者め。いかに愛しんだところでナギニは蛇だ。残念ながらな」
「はあ……それでは一体……私には皆目検討がつきませんが」
 本当に残念そうにのたまうご主人さまに、ワームテールは内心同類同士お似合いカップルだったのになあと思わずにはいられなかった。
 が、ご主人さまはまたとんでもないことを切りだした。
「お前が調達してくるのだ。俺様に相応しい娘をな」
「えええ!? わ、私めが……ですか? し、しかし」
 あなたさまに哺乳類は相応しくないのでは、と言いたいところをグッとこらえた。不用意に何かを言ってご機嫌を損じるのは嫌だった。
「ホグワーツの生徒が望ましいな。さすればダンブルドアの動向を探れよう」
「……で、では、ハーマイオニー・グレンジャーなる娘はどうでしょう? ハリー・ポッターの親友で頭脳明晰。マグル出自ですが、かなりの掘り出し物かと」
 親友を裏切ったワームテールにも少しは良心が残っている。無邪気な少女達を恐ろしいご主人さまの餌食にするのは気が引けた。
 で、何故ハーマイオニー・グレンジャーなら良心が咎めないかというと、かつて彼女の飼い猫に追い回された挙句、金輪際会いたくもなかった元・親友と再会してしまったせいだ。そして、その元・親友に殺されかけている時、彼女に命乞いをすげなくかわされてしまったことを忘れていない。それまでの卑怯な行動の結果、いわば身からでたサビだというのにワームテールは逆恨みをしていた。
 ご主人さまの恐ろしい顔が瞬時に怒りに染まった。
「【穢れた血】は却下だ」
「で、では! パンジー・パーキンソンでは? 現在スリザリン生で当然ながら純血です。黒髪の美少女ともっぱらの評判……」
「ワームテールよ。俺様に嘘をつくことは許されぬ。その娘の顔がパグ犬そっくりだと顔に書いてあるぞ。まともな娘を教える気がなければ、お前の身体に直接訊くとしようか」
「ああ、どうかそれだけは…!」
 パグ犬がどうとか言えた顔ではないご主人さまにひれ伏しながら、ワームテールは頭を働かせた。生贄に選ばれる何処ぞの哀れな少女よりも、まずは自分を哀れむべきだと悟ったのだ。純血で、かつご主人さまが気に入りそうな娘…――
「そ、そう、そうでした、忘れていました! ジニー・ウィーズリー!! 十数年もの間、あの一家と共に暮らしていたので、よく知っております。気立てがよく、愛くるしい娘です」
 双子の兄によく似て、はっちゃけたところがあることは都合よく忘れたふりをした。あと寝相がほんのすこーし悪いことも。ロン共々一緒に昼寝をしている時、何度命の危険にさらされたか分からない。
 ご主人さまはふむと満足げに頷いた。
「ウィーズリー……なかなか優れた血筋であったな。よし。それにすることとしよう」
 言うが早いか、早速姿くらまそうとするご主人さまにワームテールは慌てて言った。
「ちょ…! ご主人さま、もしやそのお姿で拉致……じゃない、迎えにいくのですかっ? おそれながら! ご主人さまの姿はあまりに奇異! じゃなくて崇高すぎて通常の者の感覚ではご威光まで感ぜられるその素晴らしさが十分に伝わらないのではないかと」
「要点は?」
「は、はあ……十代の少女とは繊細なものですから、そのお姿では恐れられるのではないかと。【縮み薬】でも服用して若返った方がよろしいかと思われますが」
「なるほどな。一理ある。そうすることとしよう」
 用意した【縮み薬】をガブ飲みしていくご主人さまを見ながら、ワームテールは内心不安でならなかった。
 モデルばりに格好いい長兄に姫君のようにチヤホヤされて育ったのが悪かったのか、ジニーは実のところかなりの面食いなのだ。例え見た目がシワシワの老人じゃなくなったところで、ご主人さまの容貌でジニーの気を惹けるとは到底思えない……まあ、拉致して服従の魔法をかけるのだから無問題か。と、そこまで考えた時、ご主人さまの姿がフィルターを重ねたように微妙に歪みだし、慌てて姿勢を正した。薬の効き目が現れだしたのだ。血色の悪さに灰色に見えた肌が白く透き通るようになり、伸び放題でボウボウな髪がどんどん短くなり、艶がでてきた。
 ワームテールは自問した。自分の目の前にいるのは誰だろう、と。そして自答した。誰だか分からないけれど、とりあえずご主人さまじゃないことは確かだ…――
 すっくと立った二十歳前後の美生年に、ワームテールはほうっと吐息を洩らさずにはいられなかった。かつての友、シリウス・ブラックに匹敵する完璧な美貌で、にじみでる傲慢さがない分、こちらの方がより好感を持てる。少し物悲しげな表情は優しく、いかにも女ウケしそうだった。
「なつかしの姿よ……父と同じこの顔に戻ることは二度とあるまいと思っていたが」
「ご主人さま。何故そのように麗しい姿をお捨てになったのか伺ってもよろしいでしょうか…?」
 逆鱗に触れないようにおそるおそる訊くと、ご主人さまは微かに笑った。
「恐怖で統制するためだ。このような若造の姿の俺様に従う者はいまい」
 はっきり言って、色気で統制できそうだ。男でも、女でも。一応ノーマルであるはずのワームテールだったが、胸が高鳴るのを必死に抑えなければならなかった。ああ、でも醜い姿に変身したからよかったのかもしれないと彼は思った。もし、総攻気質のルシウス・マルフォイやベラトリックス・レストレンジに今のお姿を見られていたら、確実に犯られていたに違いない。
「……それにしてもワームテールよ。貴様も趣味が悪い。このようなナヨナヨとした姿が麗しいだと? 美的センスを疑うぞ。普段の俺様の方がカリスマを感じられるであろうが」
「ささ、参りましょう! 善は急げです」
 ご主人さまの言葉をサラリと受け流して、いそいそと言うと、ワームテールは姿くらました。

     *****

 夜闇に浮かび上がる特徴的な家の影。ぐねぐねと曲がりくねって、危ういところでバランスを保っているような【隠れ穴】の前に佇み、ワームテールはほんの一瞬感傷にとらわれた。ネズミに身をやっしていた十数年間の日々は円形脱毛症がいくつもできるほどに過酷な日々だったが、この家に住まう人々は皆優しかった。パーシーもロンも役立たずと罵りながらも可愛がってくれた。かつてのジェームズやシリウスのように。
 それなのに、自分はこの家の愛娘をご主人さまに差しだそうとしている。本当にいいのだろうか。
「何をしている、ワームテールよ。我が花嫁の寝所は何処だ?」
 いつの間にか間近に姿現わしていたご主人さまの声に、ワームテールはおずおずと四階を指した。やはり一番大事なのは自分の命だ。
 ご主人さまは勝手知ったる他人の家と、ご丁寧に玄関から入っていった。ワームテールはどうかウィーズリー家の人々が誰も起きていませんようにと祈りながら後に続いた。無益な殺戮は避けたいところだ。
 狭い居間を通り抜け、古くさい木の階段を上がり、ようやくジニーの部屋に辿り着く。ワームテールはホッとして、額に浮かんだ汗を拭った。ここか、とご主人さまに目顔で問われ、頷く。
 ジニーはありがたいことに深い眠りに就いていた。またベッドからずり落ちてしまったのか、床の上に転がっている。あどけない顔を見下ろすご主人さまは満足げな笑みを浮かべ、ジニーを抱き上げると頬に手を伸ばした。優しく撫でさする手つきに、ワームテールは心の底から安堵した。ご主人さまはどうやらジニーを気に入った様子だ。多分、そこそこ大事には扱われるだろう。そして面食いのジニーも【縮み薬】服用中のご主人さまなら苦もなく愛せるようになるだろう…――
「ワームテール、見ろ、この吸いつくような肌の柔らかいこと……ナギニのエサにちょうどよいな」
 ゴンッ! ご主人さまの言葉にワームテールはズッこけた。その音に、ジニーの目がパッチリと開いた。ご主人さまとジニーがまじまじと見つめあう。先に声を上げたのはジニーの方だった。
「きゃああ! 変態ーッ!!」
 ワームテールにとってはかなり予想外の反応だった。このイケメン(死語)を前にして、面食いジニーがときめかないはずがないのだ。しかもこの至近距離で。
「言葉を慎め、小娘。誰が変態だ、誰が」
 ご主人さまは鋭くたしなめた。けれどご主人さまもゴーストのような姿やらおぞましい赤児の姿に変態したことがあるのだから、ジニーの指摘は間違っていないとワームテールは密かに頷いた。そして。
「あなたしかいないでしょ、トム・リドル!」
 殴りつけられたようにご主人さまがよろめいた。
「ト……トムだ、と……何故その名を」
 ご主人さまのこわばった声に、ワームテールはハッと数年前のことを思いだした。物語の姫君よろしく【秘密の部屋】にさらわれたジニーは、そこでご主人さまの過去の【記憶】と会っていたのだった。ある意味運命的な再会だと言えなくもないが、ジニーの方になつかしむ気持ちは露ほどもないようだった。
「また『お兄ちゃんって呼んで』とか『ニーソ萌え』とか言うつもりでしょ!? いくら顔がよくったって、オタッキーはごめんだわ! 見た目で判別できない分、顔がいいのってタチ悪い……!!」
「な! 小娘、貴様何故俺様の恥辱まみれの過去を知っている!? ダ、ダンブルドアの仕業かっ!?」
 あやつめ、自分も同類のクセにーと泣き叫びながら両手で顔を覆ったご主人さまの恥じ入る顔に漂うフェロモンにクラリとしながら、ワームテールは密かに思った。どうやらご主人さまがすっかり枯れ果ててしまった原因はこの辺にあるらしい、と。大方自分の趣向を恋人に強制した挙句、変態扱いされて拒絶されたというところだろう。初夜に緊張した男が女性の言葉に傷つき以後使い物にならなくなるのと同様に、きっと彼の恋心もメタメタに傷ついてしまい、以後恋愛に無関心になってしまったのだろう。勝手に捏造したご主人さまの過去に思いを馳せ、ワームテールは同情の涙を流した。

(2005/02/03)