観察者

 魔法史の授業はいつも変わり映えなく、眠気を誘われる。一世紀経っても、二世紀経っても、この教授の授業は変わらないかもしれない。羊皮紙にメモを取りつつ、大きなあくびを洩らしたギデオン・プルウェットは思いつきのように後ろを振り向いた。てっきり机に突っ伏しているだろうと思っていた親友が起きていたことに、軽い驚きを覚えた。しかも何やら熱心に窓の外を見ている。
 視線に気づいたのか、アーサー・ウィーズリーは小声でささやいてきた。
「あの子っていっつもあんな感じだったのか?」
「あの子って?」
「君の妹。モリーさ」
 親友につられて見ると、中庭で騒いでいる下級生達が見えた。飛行訓練の最初の授業だろう。皆、箒を片手に舞い上がる教授を取り囲んでいた。ぽかんと口を開けたり、興奮のあまりぴょんぴょんと飛び跳ねている下級生達。ギデオンは自分の一年生の頃を思いだし、笑いを洩らした。
 過保護な両親や親戚に見張られるようにして育ったギデオンは、ホグワーツにくるまで子供用の箒にしか乗ったことがなかった。低空飛行しかできないそれは速度も出ず、やんちゃ盛りの子供の遊び道具としては物足りない。はじめて競技用の箒に乗り、空に浮き上がった時の感動は、やっと手に入れた自由への興奮そのものだった。
 一年生の彼らも、きっと同じようなことを思っているのだろう…――ギデオンはおや、と目を凝らした。モリーの姿が見当たらない。少し離れた木陰から皆を見ている。皆に混じらず、何故そんなところに。
 ギデオンの訝しげな表情に、アーサーが声を低くする。
「あの子、いつもああして皆の中に入っていかないんだ。授業だけじゃない。休み時間も一人で……羨ましそうに遠くから見つめてるだけで、声をかけない。気づいてなかったのか?」
「そう…、だったのか?」
「兄貴だったら気づけよ、そのくらい。何か悩みとかあるんじゃないのか?」
「いや……僕はモリーに嫌われてるから。口を利くのも嫌なんじゃないかと思って、それで」
 ふぅ、とアーサーが溜息を吐いた。教室中に届くような重々しい溜息のせいか、教授の視線がふっと後列に向けられた。慌ててノートを取るふりをすると、すぐに逸れてしまったが。
「寮内でも、すごく浮いてる。このままじゃ、いじめられるぞ。いいのか?」
「誰にも僕の妹をいじめさせたりしないさ」
 アーサーはやれやれと溜息をついた。
「言って聞かせるのは簡単だろうさ。人気者の君に言われれば、誰も表立っては何もしない。でもな、人の口にはフタなんてできない。
 そもそも、どうしてモリーは同じ寮生の俺達とさえマトモに口を利かないんだ? いつも仏頂面で、こっちが何かをしてやろうと思っても突っぱねる。元からあんな子なのか?」
「違う。モリーはいい子だよ。しっかり者で、気配り上手で、誰よりも優しい」
「じゃ、今がそうじゃないってのは君も分かっただろ? そうじゃなくなった理由は? 根本的なものを変えなきゃ、事態はよくならないぜ。
 一度ちゃんとモリーと話し合ったらいい。血を分けた家族なんだ。話し合って、分かり合えないことなんか何もない」
「そう、だな……君の言うとおりだ。モリーがあんな風にしていただなんて。嫌われてるからって、目を離さなきゃよかった。ありがとう、アーサー」
「どうってことないさ、友よ。自慢の妹の笑顔、俺も見たいだけだからな」
 ウインクするアーサーに、ギデオンは露骨に顔をしかめた。
「感謝はするけど、妹にちょっかい出すなよ」

(2005/11/30)