Girls are much too cliver…

 宿敵ピーター・パンと空中で激しく競り合いながら、フックはあせっていた。
 まずい、このままではまた負けてしまう!
 なんといってもパンはネバーランドの神に等しい存在であり、小賢しく知恵も回る。剣技も一流だ。その上、子供ならでの身のこなしと体力。戦い始めの今ならいざ知らず、長期戦になれば劣勢になるのは目に見えている。
 何か――なんでもいい。奴の動揺を誘わねば。
 ピーター・パンの剣を受けた衝撃で、ふとフックの目線が下に落ちた。
 船上でも部下達と子供達の戦いが繰り広げられていた。熾烈な戦いにも生き延びてきたずる賢い彼の部下達は、あろうことか少数の子供達に振り回されていた。
 子供相手になんて様だと自分のことを棚に上げて毒づいた瞬間、ふと長い髪を振り乱しながら果敢に戦う少女の姿が目に入った。白いネグリジェの裾が身じろぎするたび、天使の羽のように広がり動く。
「戦いの最中に余裕だな、フック!」
 一際大きな衝撃を受け、フックは頭からマストに突っ込んだ。勢いづいて飛んでくるピーター・パンの顔が間近に迫る。フックは鉤手でなんとか攻撃を受け流しながら叫んだ。
「哀れだな、パン! この戦いが終われば、彼女に捨てられるというのに」
 ピーター・パンがハッと目を見開いた。
「……嘘だ」
 予想以上の大きな反応にフックは目を輝かせて喜んだ。いまだかつて、こんなにも動揺したピーター・パンを見たことはなかったのだ。勝利の二文字が脳裏をかすめ、残虐なブルーの瞳にチカチカと赤い光が宿る。
「嘘じゃないさ。ウェンディはお前を捨てる……そりゃそうだろう。愛を知らないお前の何処がいい? 彼女は大人になるのさ。未来を覗いてみよう。見えるぞ、ウェンディじゃないか。子供部屋で窓を閉めて」
「僕が開ける!」
「窓に鍵が」
「名前を呼ぶ!!」
「聞こえん。姿も見えん。お前など忘れてる」
「やめて!」
 ピーター・パンは目に涙を浮かべ、激しく頭を振った。フックはみじめなまでに打ちのめされた憎い少年の姿に、生まれてこの方一度として感じたことがないほどの喜びを覚えた。
「まだ見えるぞ。お前の代わりに他の奴がいる。その名は――」
「言わないで…!」
 ついに剣を投げだしたピーター・パンをせせら笑いながら、フックは彼の両耳から手を引きはがした。最後の大打撃を与えるために、スッと息を吸い込んだ。
「よく聞け、その名は【ジェームズ・フック】だ!!」
「な、なんだって…!?」
「そうだ。パン、永遠に大人になれない貴様のように生意気な小僧よりも、筋骨たくましいダンディな私の方が数段魅力的に決まっておろう」
 フックはにやりと笑った。ちなみにピーター・パンに勝つための作戦とはいえ、全て本音だ。
 お話し上手で愛らしい少女、ウェンディ。一度は泣く泣く殺そうとした彼女だったが、邪魔者のパンさえ始末してしまえば殺す理由はなくなる。
 この戦いを終えたら部下達を船から追いだし、二人っきりで水平線の彼方へといくのだ。一度ワニに喰わせようとした償いになんでもワガママを聞いてあげよう。寂しい夜も彼女さえいてくれたなら幸せな夢を見られるに違いない。膝枕をしてもらって、髪を梳いてもらって、子守唄を…――そんなフックの考えはデレデレとした顔からにじみでていた。ピーター・パンの呆気に取られた顔が次第に軽蔑に歪んでいく。汚物でも見るような目でフックを睨みつける。
「お前……今までもお前のこと最低の悪党だと思ってたけど、そこまでだったとはな……このロリコン! 犯罪者!」
 幸せな夢から突如叩き起こされたフックは歯をむきだして怒鳴った。
「うるさい、愛に国境はない! 同様に年齢だってどうだっていいわ!!」
「この変態ジジイ!!」
「何を! このスカタン! 家に帰っておしゃぶりでもしゃぶってろ!!」
 二人の口汚い罵りあいは延々と続き、そのあまりの騒々しさに船上の子供達や海賊達は戦いの手をとめて空を見上げた。腕をダラリと下げ、口をポカンと開けている。
 ウェンディまたの名を【血染めのジル】は眉をひそめ、一言つぶやいた。
「口を動かす前に手を動かせば勝てるのに……これだから男って」

2004/08/27