年末年始に回復した体力がまたすっかりすり減ってしまいました。体力がほしい。
Twitterにトム誕生日祝い用にワンドロ初チャレンジしてみたSS、手直しをしてサイトにも掲載しようと思っていたけれど、なかなか作業が進まないのでひとまず日記にアップしてみることにしました。載せないと忘れる可能性もあるから……!
メローピーがもし息子と共に生きることを選んでいたら、というIFです。
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『あの日の約束』
薄暗がりの中で料理に精をだす女性がいる。ぐつぐつと音を立てて煮立つ大鍋はスープのようだ。たらいに溜めた水に汚れた調理器具をつけ洗いし、時折背伸びをして火加減を見る。パタパタと忙しない足取りはなかなか止まない。飾り気のないくたびれた服や、焦げやほつれの目立つエプロンを見るに女中なのだろう。やや曲がった背中は老婆の域に近づいてきた年齢にも見えるが、首筋には小じわ一つない。三十、もしくは二十代なのかもしれない。
十二月のロンドンは雪が降らないとはいえ、隙間風は身を切るようだ。洗い物を終えた腕には紫色の斑点が浮いている。キッチン・ストーブの扉を開け、焚き木を足した女性は屈んだままの不自然な体勢のまま、手に残る水気をエプロンに擦りつけ、吐息を吐いた。少しでもかじかんだ手を温めるために。
その時ドアの向こうで微かに床の軋む音がした。女性はストーブの扉を叩きつけると、弾かれたように立ちあがった。おろおろと辺りを見回す目は斜視なのか、何処を見ているのか判然としない。そんな室内の様子が見えていたかのように遠慮がちなノックが響く。それから幼い男の子が姿を見せた。
「母さん」
すると、女性の周りの張りつめた空気が見る間に和らいだ。
「お帰りなさい、トム」
母と呼んだ男の子だが、似たところは一つもない。女性はお世辞にも美しいとは言い難い容姿だが、男の子は人形のように端正な顔立ちをしている。二人に共通しているのは黒い髪だけだが、箒でかき集めてきたようにごわごわとした髪と、鴉の濡れ羽のように見事なものを同一視はできない。
男の子は母親の腰に手を回すと、そっと頬ずりをした。そして、ふと触れた腕の冷たさに気づいたのか、じっと見上げる。
「どうして母さんが一人で支度をしているの? 大変でしょう。ミセス・コールに言ってこようか?」
「いいえ。孤児院ってこんなものよ……孤児は増える一方なのに投入される税金も、人手も全く足りないから。身寄りのない私達をこうして置いてくれるだけでも感謝しなくちゃ」
「僕はこんなところ、嫌いだよ。お揃いのみっともない服、お恵みを受けた汚いおもちゃに感謝を捧げて、馬鹿な奴らと仲よくしているフリ。早く大人になりたい……こんなところ、でていきたい」
吐きだすように言う男の子の表情は陰になってよく見えない。女性はひどく哀しげな顔をしながらも励ますように言った。
「……そうね、あなたなら出ていけるわ。11歳になったら、きっと迎えがくるから」
「それって母さんを捨てた男が迎えにくるってことじゃないだろうね。もし、そんなことがあったら殺してやる! 今、母さんが苦労をしてるのは全部そいつのせいじゃないか!」
そう叫んだ男の子の目は抜き身の刃のように鋭く、敵意に満ちていた。けれど、はたはたと垂れ落ちた涙を頬に受けた途端、男の子はハッとしたように顔を上げた。女性は自分が泣いていることにすら気づいていないかのように目元を拭うこともない。
「お父さんじゃないわ……お父さんじゃないの。悪かったのは私なの。あなたも全てを知ったら、きっと私を軽蔑するわ……それでも、私にとってあなたは宝。今まで生き永らえてきた理由なの。あなたに会えなくなったらと思うと…――」
「僕が母さんを置いていくはずないだろ! そいつが迎えにきた時にどうするかは別として、ここを出るときは必ず母さんも一緒だよ」
力強くそう言う男の子の顔立ちを確かめるように、女性は頬を撫でていく。そして、ぽつりと呟いた。
「そっくりだと思っていたけれど、あなたはお父さんにあまり似ていないのかもしれないわね」
男の子はその言葉をどう捉えたらいいのか計りかねるように、前髪の陰から母親を窺った。